星を見つける

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遠くに見える焚火の明かりと、くべられた木の爆ぜる音を頼りに暗い山道を、右手に持った懐中電灯で足元を照らしながら進む。左手に持った日記帳がいつもより重たく感じる。 前日の雨でぬかるんだ地面に足をとられながら、少し開けた場所にたどり着く。そこには予想通り、お目当ての人物の姿があった。 「姉さん」 「おっ、今回もちゃんと来たね」 俺の声に振り向いた姉が、歯を見せて笑う。 「焚火なんかやってたら、せっかくの夜空が見えにくくなるじゃん」 「いいの。大事な弟くんに見つけてもらう方が重要だよ」 座りなよと言って、姉はキャンプ用の良い椅子に座りながら、近くにあるごつごつした岩の上を勧める。 冬の夜の岩はとても冷たくて座れたものじゃないが、俺も慣れたもので、古いブランケットを小さく折ったものを岩にかけて、日記帳は手に持ったまま座る。 「探すのに苦労したよ」 「その時間も楽しいでしょ」 「……まあ、ね」 それきり、二人して黙りこくって夜空を見上げる。案の定焚火の明かりで星が少し見えにくい。 せっかくの流星群のピークだが、俺は焚火をどうしても消すことができない。 「何か話したいこと、あるんじゃないの?」  俺の様子を見て何かを悟ったらしい姉が、静かな口調で声をかけてきた。 「俺さ、星を見つけるよ。新しい星」 「お。大きく出たねえ」 「アメリカの工科大学への留学が決まったんだ。姉さんが行きたかった場所だよ」  俺の言葉に、姉は驚いた様子で口をぽかんと開けている。ふっと息を吐いて小さく笑った姉は「そっか、あんたもうそんな歳なのか」とつぶやく。 「私の分までがんばってきなよ~?」 「うん。姉さんの夢を追って見つけた、俺の夢だから」  また俺たち二人の間に、沈黙が流れる。 「気付いてるか分からないけど、姉さんの日記さ、今日の分の暗号で最後なんだよ」 「うん。知ってる」 「だから、会えるのも今日が最後」 「うん」  姉の日記帳の表紙を撫でる。 「過去の人間との会話は楽しかった?」 楽しそうに姉が聞く。 「楽しかった。ねえ、なんでこんなことできたの?」  この邂逅が始まったときから聞きたかったことをぶつける。留学直前になって事故で死んだ姉。その日記に書かれた暗号を解読して分かった場所と時間通りに行けば、死んだはずの姉がいつも待っていた。  こちらは死ぬほどびっくりしたのに、当の本人はあっけらかんとしたものだから、嬉しいやら腹立たしいやらで、初めてのときは涙が枯れるほどに泣いた。  場所も年もいつも違うし、詳細な時間までは分からないものの、決まって流星群の期間のどこかだった。 「私、魔法使いだからさ」  おどけた様子で立ち上がったあと、姉は焚火にくべられた木を一本ずつ丁寧に抜いて消していく。  俺もそれにならうように、向かい合って木を抜いていく。炎がどんどん弱まり、それと同じように姉や姉の道具が薄くなっていく。 「姉さんが魔法使いだったって、本当に信じちゃうかも」 「ばーか。サイエンスの世界に生きる人間が、魔法なんて信じてどうすんの」 「……そうだね」 「ま、お空の向こうから応援してるからさ」 「うん」  小さな枝に残った、小さな小さな火が消えたと同時に、先ほどまで確かにあった姉の気配も無くなる。  目の前には古く朽ち果てた枝が落ちている。  手に着いた土をはたき、思い切り背伸びをした。  遠くの山の向こうから、太陽の光が差し込んでくる。姉の魔法も解けて、目の前にはまぶしすぎる世界が広がる。  姉の日記帳をリュックサックにしまい、太陽に背中を支えられながら、俺の導き手にさよならを告げた。
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