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こいつは……? と俺は目をみはる。
駿介の眼差しには、まるで歴戦を積み重ねた精悍な勇者のような包容力のある光が宿っていた。
俺は思わずたじろいだ。
一見、何の変哲もない村人Aに見えるこの男。
だがその実、彼はとてつもないスキルを隠し持っていたのでは?
外皮が異様に強い、とか。
世界で唯一の殺し文句を操る、とか。
S級が束になっても倒せない怪人をワンパンで倒す秘めたパワーがある、とか。
そういえば、駿介の彼女である三井雫は、今年の文化祭のミスコンでクイーンに選ばれたほどの美女なのだ。駿介がいくら隣人であろうと、普通なら恋人関係に陥ることは難しいと思わざるを得ない。
しかし、この男はその不可能を可能にしている。
知らぬ間にエコバッグの持ち手を握る俺の手のひらが汗ばんでいた。武者震いなのか、芋が重いのか、分からないがとにかく拳が震える。
「二宮くんはモテモテだから女の子の扱いには慣れてるかもしれないけど、じゅんじゅんは規格外のモンスターみたいなもんだからね。こんな俺でよければ、何でも相談してよ。じゅんじゅんに関しては一応プロだから」
駿介はそんなヘタレな俺を優しく包み込むかのように、親指をぐっと天に突き上げるハンドサインをくれた。
やはりそうだ。こいつは筋金入りのモンスターハンターだ!
エコバッグさえ持っていなければ、俺は駿介の前にひれ伏していたかもしれない。そして、地面に額を擦り付け、「どうか俺に一ノ瀬の操縦法を教えてください!」と叫んでいたかもしれない。
だとすれば、もはや駿介などと呼び捨てにするのも恐れ多い。
このお方は人類最後の希望の星だ。師匠。マスター。どっちの呼び名で崇めるべきか。駿介師匠? あ、それだとなんか落語家っぽい。ちょっといじってるっぽい。マスター駿介? うーん、なんかイマイチだな。ライトセーバー振り回してそう。
俺が真剣に悩んでいた、その時だった。
ガールズポップな着メロが鳴り、駿介が一気に挙動不審になった。
震える手でケツポケットのスマホを取り出すと、彼はスマホを耳に当て、一オクターブ以上高い声でしゃべり出す。
「ししししし、雫? どどど、どうした?」
目尻と眉は垂れ下がり、鼻の下は伸び、口元もだらしなく緩み、いかにもデレデレという擬音が聞こえてきそうな締まりのない表情で駿介は言う。
「だ、だ、ダブルデート⁉︎ う、う、うん、いいね! いいよいいよ、どこでも付き合うよ! た、楽しみだなあ〜! あ、ちょうど今二宮くんとバッタリ会ってさ! ねえ、二宮く〜ん!」
駿介が勢いよく俺の方を振り向いた。
鼻の穴からヤバいくらい息を吹き出し、俺を必死に見つめる駿介の形相は、底なし沼の罠にあっさりかかって仲間に助けを求めている経験値の低い冒険者──いや、ただの村人Aのようだった。
俺は遠くを見つめてため息をつく。そして、重い芋の入ったエコバッグをグッと持ち上げ、心の中で夕陽に向かって叫ぶ。
──やっぱお前もレベル1じゃねえか!!!
……馬鹿らしい。駿介に背を向け、俺は早足でその場を去った。
「あれ? どうしたのっ? 二宮くん! どこ行くのっ⁉︎ 二宮くぅーんっ‼︎」
駿介の悲鳴は、俺の背後の雑踏という底なし沼の中へと急速に飲み込まれていった。
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