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分からない問題と対面した時はどうするべきか。
こういう時はやはりさっさと参考書を読むに限る。マニュアル、取説、先人の知恵。Bダッシュも知らずにマリオを始めた人間はどうなるか。崖の端でギリジャンしたって、向こう岸まで一歩届かず、谷底へ向かって真っ逆さまになる運命だ。
俺は素早く周囲を目で追う。
黒フレームのメガネというアイテムが鼻の上に乗っかっているおかげで、多少は必死さが隠れていることを願う。
ざっと見渡した限り、カップルは4組。どのカップルもこれでもかというほどいちゃついている。手を繋ぐ、腕を組む、腰に手を回しているいやらしい奴らまで。冬のせいだと言い訳する気はないんだろう。あれが正しい恋人同士の距離感だって、奴らは胸を張って俺に主張している。
アホか。初デートであんな距離、心臓が破裂するわ。
恋人がいきなり救急車で運ばれたら残された一ノ瀬はどう思う?
一ノ瀬にだけは悲しい思いをさせたくない。
かといって──。
その時、指先が急に重くなった。何か温かいものに包まれ、引っ張られているような。
なんだこれ。いや、待てよ。ものすごく昔、この感触を味わったことがある。
ああ、十年前に死んだ母親と手を繋いだ時だ。あの時、俺はまだ七歳で──。
「ってコラ! 何やってんだお前は⁉︎」
えへへ、と一ノ瀬は俺の真横でイタズラ小僧のような笑みを浮かべた。さっきまで道の端と端にいたのに、瞬間移動したかのように俺の隣に移動し、手まで繋ごうとするなんてどんな素早さだよ。アサシンか忍者クラスだろ。
慌てて手を振り払い、また少し離れた俺に、一ノ瀬は口を尖らせた。
「だって、二宮ずっとむすっとしてて無口だし、つまんないんだもん」
「むすっとなんか……してねえし」
むしろ、めちゃくちゃ充実してたんだけど。
え? 一ノ瀬にはそう見えてたの?
やや不満げな一ノ瀬は赤い顔をして呟く。
「しゃべらないなら、せめて恋人らしくしたいと思ったのに」
お前は俺を殺す気か。
俺は思わずため息をついた。
「そんなの、無理に決まってんだろ」
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