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Lv2 ダブルデートをクリアせよ
「で、結局なーんにもなかったんだよ? 初めてのデートだったのに、ただ寒いのを我慢して動物園の中を一周しただけ。どう思う、雫⁉︎」
「え、ええっと……」
週明けの月曜日、いつもの教室で一ノ瀬純が彼女の親友の三井雫とそんな会話をしている。一ノ瀬の隣の席にいる俺の耳にも必然的にその声が入ってくる。
自分の部屋でくつろいでいた時にいきなり知らない人がトイレと間違えて入って来て「紙はどこですか」と当然のように尋ねられたような、不愉快な気持ちになる。
俺の話をするならもっとコソコソとするべきだろうが、と思う。
世の中に、コソコソされるのが嫌な人間とコソコソされてもいい人間がいるとすれば、自分はコソコソされてもいい側の人間だ。
知らなくてもいいことや聞かない方が幸せという話も世の中にはある。
そして今の一ノ瀬の話は確実に聞かなきゃよかったと思う話に違いなかった。
「二宮のやつ、『好きだよ、純』とかもハグとかキスとかもいーっさいなしで、普通に動物園一周したら『寒いから帰る』とか言ってさっさと帰っちゃったんだよ! あれじゃ友達と行ったのと全然変わんない!」
……ちゃんと手を繋いでやっただろうが。
俺は心の中でささやかな反論をする。
それに、初デートでいきなりキスだのハグだのしてくるような軽薄な男のどこがいいのだ。そんなものは燃えるゴミの日にでも捨ててしまえばいい。
「私がクマってよく見ると可愛いねって言ったら、あいつらは前足が短いから下り坂が苦手だ、山で遭遇したら麓を目指せとか現実的なこと言い出すし! じゃあ二宮の好きな動物は? って聞いたらゴリラだって言うんだよ! ムードのひとかけらもない答えだと思わない⁉ ねえ、どう思う雫⁉︎︎ ゴリラだよ、ゴリラ!」
「うるせえな、ゴリラが好きで何が悪い!」
ついに俺は堪忍袋の緒が切れて、拳で机をドンと叩いた。黒フレームのメガネ越しに膨れつらの一ノ瀬を睨み付ける。
「ゴリラは凶暴だと誤解されてるけど、本当は温和な奴なんだぞ? 握力は500キロ以上あんのに危機的状況でない限り戦わねえんだぞ! 力があるのに誇示しねえなんて、最高に男前じゃねえかよ」
「だから何? デート中での好きな動物は? っていう質問への回答としては0点だよね? ナシだよね、雫!」
「ええっと……」
間に挟まれた三井も困ったような顔をしている。
それは困るだろうと俺も思う。
……分かるわけないだろ。デート中に何を話したらいいのかなんて。
ムード盛り上げるとか、女喜ばせるとか、そんな経験は俺には皆無だ。デートなんてものは、好きなもの同士でただ一緒にいれば成立するのだと思っていた。
一ノ瀬は終始楽しそうに見えていたのに、まさかこれほど不満を持っていたとは。
会話が0点の男というフレーズがじわじわと刺さる。
デートしてもつまらない男なんて、一緒にいる価値もない。道端の石ころと同然、いやそれ以下だ。
定番の動物園デートでさえこの調子なら、一体この先どれほど失望されなくてはならないのだろう。
するとおっとりしている三井雫が満を持して「あの……」と手をあげた。
「さっきのクマの話だけど、私は山でクマに遭遇するのはレアだからそんなに現実的でもないんじゃないかなって」
俺と一ノ瀬は思わず同時に三井を振り向き、全力でつっこんだ。
「そこ⁉︎」
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