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「よう! 二宮くん〜。久しぶり!」
その時、商店街のアーケードの真ん中で誰かが前方から声をかけてきた。
俺は辺りに目を凝らす。アーケードは買い物中の主婦や学校帰りにフラフラしている学生たちで割と混み合っている。
多くの顔が行き交い、そのどれもが全く違う顔でありながら、どこがどう違うという主張は一切出さずに、群衆というパッケージに包まれた惣菜のように一緒くたになっている。
「俺だよ俺、忘れちゃった? 文化祭で一緒に話したじゃん!」
気がつけば目の前に平凡な顔をした男が立っていた。
学ランを着た四条駿介、その人だった。
──紹介するね。この人、駿坊!
文化祭で彼を紹介した時の元気な一ノ瀬の声が頭に蘇った。
「あ……駿坊」
うっかりそのイメージのままに呟けば、彼は小さな目を細めながら「馴れ馴れしい呼び方すんなよ〜」とどことなく嬉しそうに身をくねらせた。
「やっぱ二宮くんは目立つな〜。イケメンだからさあ。羨ましいよ、俺なんか何回名乗っても全然顔を覚えてもらえなくてさあ」
お笑いコンビだったら間違いなく「じゃない」方だよ、などと自虐ネタを連発する駿介は、前回文化祭で会った時とは比べ物にならないほど饒舌だった。
こいつ、こんなに調子のいい奴だったっけ?
成り行きで一緒に歩き出したが、どうも記憶の中のイメージと結びつかない。俺のピンとこない感覚を本人も理解しているようで、
「いや〜、あの時は雫がそばにいたからね? 俺も彼氏として少しカッコつけたかったっていうか。クールな男ぶりたかったわけ。分かる? あ、分かんないか。二宮くんは本当にクールなイケメンだもんなあ」と言った。
「別にそんなんじゃねーけど」
何度もイケメンと言われてもバカにされているようにしか聞こえなくなってくる。
しかし、駿介はいたって正直な男らしく、
「実を言うとさ、あの時、二宮くんが雫を狙ってるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたの。それでつい張り合ってクールなふりをね。ほら、雫って、彼氏の俺がいうのもなんだけど、めちゃくちゃ可愛いだろ? 絶対二宮くんも本命は雫の方だと思ってたわけ。でもさ、昨日雫から聞いた話によると、二宮くんは今、じゅんじゅんと付き合ってるっていうじゃん? 俺の勘違いだったんだなあと思って。あの時は態度悪くて本当にごめんね!」
と手を合わせる。
駿介の態度が悪かったこともよく覚えていない。っていうか、じゅんじゅんってあだ名が本名(一ノ瀬純)より長えのが気になる。
ツッコミどころの多さはともかく、駿介は思っていたより話しやすい男のようで俺は少しホッとした。これだけ話しかけてくれるなら退屈もしなそうだ。
「それにしてもさあ、なんで二宮くんみたいなイケメンがじゅんじゅんみたいな暴れん坊と付き合ってんの? 絶対冗談だと思ってたよ! じゅんじゅん、全然女らしくないだろー?」
カラカラと笑う駿介に、俺は思わず「そんなことねーよ」とつぶやいた。
俺はそんなに上等な男じゃないという部分に反応したのだが、その説明をする前に駿介が「かあっこいいなあ!」と感心の声を上げる。
「じゅんじゅんのことをすかさず庇う男らしさ。やっぱイケメンは心もイケてるんだなあ!」
「だから、別に俺はそんなんじゃねーって!」
「謙遜しなくてもいいって。俺なんか、じゅんじゅんを選んだ時点でかっこいいと思うもん。じゅんじゅんもきっと二宮くんにベタ惚れなんだろうなあ」
「……」
俺は何も言えなかった。
──だから何? デート中での好きな動物は? っていう質問への回答としては0点だよね? ナシだよね!
目の前に浮かぶ真っ赤な夕陽が、今朝プリプリと怒っていた一ノ瀬の赤い顔を思い出させる。
「……人の価値は見た目じゃねーから」
俺はそっと目を伏せた。
そうだ。人の価値は見た目なんかじゃない。女心が分からない俺なんて、一円の価値もない【ざっそう】のようなものだ。【やくそう】と間違えて戦闘中にうっかり使ったら何の効果もなくてがっかりするアレだ。
「二宮くん……」
ぽん、と突然肩を叩かれ、俺は隣の男を振り向いた。
あんまりこれといって特徴のない駿介の顔が、男らしくニヤリと笑いかけていた。
「どうしたの? 何か困ってるなら、相談にのるよ?」
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