◆空也(スカイ)視点-1

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◆空也(スカイ)視点-1

 空也は屋上の古びたベンチに腰をおろし、愛用のラッキーストライクの箱から一本を取り出して火をつけた。昨今では喫煙所が屋上という施設も珍しくなくなった。喫煙者にとって肩身が狭い世の中になっていく。一息吸い込んで吐く煙を、澄み切った青空を見上げながら吐き出せば、まるで即席の雲のようだ。 「しかし、むちゃくちゃいい天気だな」  Hopes《ホープス》十周年記念ライブの準備は佳境を迎えていた。イベント会社との構成の調整やスポンサー企業との綿密な打ち合わせなど面倒な事柄も多いが、ライブの詳細が決まってしまえば、あとは楽しく歌い、オーディエンスを盛り上げるだけだ。  Hopesは今から五年前に大手プロダクションから独立している。インディーズ時代の自分たちに目を留めてくれた事務所には今でも感謝しているが、組織に所属している身の上ではどうしても自分たちのやりたいことが制限されてしまう。その環境から開放されたくて独立を選んだ。それによって手にしたのは自由と、今まで無縁だった裏方業務だ。  Hopesのリーダーのスカイという立場だけでなく、自分たちで設立した『Hopes Creation』の社長である金城空也の顔を持たなくてはならず、様々なことを判断しなくてはいけない立場になった。本当はこういう面倒なことは全部、共同経営者であり、相棒の緑川健一に任せてトンズラしたいが、健一には自分の苦手な分野であるスポンサー企業との大人の交渉を任せているため、せめてHopesの活動に関する根回しは自分が担当せざるを得ない。  そもそも自分は、機嫌が悪くなりゃすぐに顔に出すし、気に入らないことがあるとテコでも動かない。どんなに叱られても悪いと思わなければ反省もしない。そんな自分に大人の交渉なんてできるはずがないのだ。こんな自分を見捨てることなく、支えてくれるメンバーと周囲の大人はどうかしてると思う。  自分にできるのは、持って生まれた歌唱力と人並み外れたパフォーマンス、そして求められれば最高のものを返す。それでチャラだと勝手に決めて、今まで生きてきた。思えば子供の頃から好き勝手やってきたのは変わっていない。少しくらいは大人になったらしいと思えるのは、人のモノに興味がなくなってきたことくらいだ。  ガチャッと扉が開く音がして、振り向けばそこには亮介と彰が煙草を手にして、こちらへ向かって歩いてきていた。 「やっぱりここにいた。ったく、いい身分だな、社長」 「そういうなよ。俺だって昨日から寝てねーんだ」 「どうせ、カワイイ男でも連れ込んでたんだろ」 「バーカ。マジでそんな暇ねぇよ」  Hopesのメンバーの中では自分と(あきら)だけが喫煙者だが、今日はもうひとりいる。ライブに助っ人として参加してくれている元メンバーの青木亮介(あおきりょうすけ)だ。かつて、亮介がメンバーだった頃は、よくこうして三人で喫煙タイムをしたものだ。二人は空也を茶化しながら煙草を取り出し、火をつける。亮介は昔と変わらずパーラメント。銘柄がよく変わる彰は、最近ケントの1ミリを愛用しているようだ。  彰は自分よりも一つ年下のベース担当でメジャーデビューから正式にメンバーとして加入した。もともとデザインの学校に通っていたらしく、インディーズの頃からHopesのグッズやチラシ、ジャケットのデザインなども器用に作ってくれていて、今までのライブグッズもすべて彰がプロデュースしている。今日はライブ準備の現状報告のために、事務所に来ていた。  そして亮介は空也の高校の同級生でHopesの創始者メンバーでもある。就職を機にHopesから脱退したが、十年経った今でもRyoの復活を待ち望む声は少なくない。最近めでたく芸能界へ復帰し、今回はあくまで裏方としてHopesライブの音響面を担当してくれることになった。というか、今年一年は自分には黙って従い、なんでも聞いてくれることになっている。そのくらい亮介には大きな貸しがある。 「おい、彰、カワイイ男って、このバカはまだビョーキ治ってないのか」 「うん。あいかわらずだよ。カワイイ男の子に興味津々で、女は穴としか思ってないよ」 「てめぇら、両刀とかバイとか、もう少し柔らかい言い方があるだろ」  長い付き合いとはいえ、こいつらは人の性癖をなんだと思ってるんだ。 「つーか、もう人のモンに興味ねぇわ。おまえで懲りた」 「自業自得だろ、バカ」 「だって蒼クンは、俺のドストライクだったんだぜ。なんで、てめーが手をつけてんだよ」  要するに空也が、亮介が目をかけている男に手を出して酷い目に遭ったという話だが、被害者である亮介は呆れ顔のまま、はぁっとため息をついて頭を掻く。
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