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「んなワケあるか」
ほんの数秒、冷静に考えたけれど、そんなことあるはずがない。そもそも健一には彼女がいたときもある(ついでに言えば健一の女を寝取ったことだってあるくらいだ)
小学生のときに自分が健一の家の隣に引っ越してきたときからの付き合いだし、中学高校も同じで、学生の頃に組んだバンドのメンバー同士で、十年経った今に至るまで、家族以上に一緒に過ごしてきた健一は自分のことを知り尽くしている。もし、健一が自分のことが好きだったとしても、孫の代まで恨まれるくらいのことを積み重ねてきた自覚がある。
それは友達だったからかろうじて許されていたといえる。いや、実際、許されていないかもしれないが。
「ね、亮介くん、言っても無駄でしょ」
彰が、やれやれと深い溜息をつく。
「無駄っつーか、そんなわけないって話だろ」
「前から思ってたんだが、コイツがかわいがる男のタイプはだいたい健一みたいなやつばっかりだよな」
「あ、そういえば。全部カワイイ少年系」
「こら待て、勝手に決めるな。女とだって寝たこともあるし、付き合ったことある」
「どうせ女は、ただの穴なんだろ?」
亮介にずばりと指摘されて、返す言葉が出てこない。
ふと自分の女性遍歴を振り返ってみる。最初は、中学の頃に先輩の彼女を寝取ってからセックスを覚えて、女という生き物はいわゆる『気持ちのいい穴』だと思って扱ってきた。多少口はうるさくても言い寄ってくる女はたいてい突っ込んでやれば気が済むのか、おとなしくなる。
そして他人のモノとなればなおさら興味を持ち、その体を試してみたくなる。女という生き物は瞬間的に相手を見定める能力を持っているのか、恋人がいようと自分が少し甘い言葉を囁けば、だいたいヤラせてくれる。
大人になってからは男にも興味を持った。女と違って、快楽だけと割り切った付き合いができるし、口やかましくないし、束縛したりもしないから面倒くさくなくていい。
そんなクソみたいな自分のそばに、いつもいたのが健一だ。腐れ縁の幼馴染という関係から始まり、Hopes結成からデビュー十周年の今に至るまでずっとそばにいる。これは健一が勝手にやりたくてやっているのだと思っているが、家事全般もしてくれるので自分の家の鍵を渡しているくらいだ。健一という存在が空気のようになっていて、普段から出入りするのを気にしないせいか、たまたま自分が相手を家に連れ込んでセックスしている真っ最中を目撃されたなんてことも珍しくない。だいたい自分は、健一なら何をしてもいいだろうと思ってる節がある。
そもそも健一は怒ると、倍返しとばかりに口やかましく抗議してくる(たいていが正論なので腹が立つ)
もし、自分に対して不平不満を抱いていたとしても、それを言わずに我慢をしているようには思えない。そんな健一だから割り切った付き合いができていると勝手に思っている。(そもそも俺は自分が悪いと思うところを直そうという気がまったくないだけだ)
健一は自分のいいところどころか、悪いところを誰よりも知っている。何より、絶対に許されないであろう、酷いことも自分にされている。だからこそあいつが自分をそんな目で見ているわけがないのだ。
「あー、こんなとこでサボってる」
聞きなれた声に振り向けば、そこにはスーツ姿の健一がこちらを鬼の形相で睨んでいた。
「休憩だ。見ればわかるだろ」
「ちっとも戻ってこないから探したよ。まだ決めなきゃいけないことあるのにー」
「おい、健一」
「何?」
空也は健一に近寄る。
背中では、彰と亮介がおいおい、とつぶやいている。
「な、何? なんかコワイよ」
「おまえ、俺のこと好きなの?」
「へ?」
その途端に、亮介と彰の笑い声がこだました。
「マジか。こいつバカだ。直接聞くか、普通」
「スカイくん、根は素直だから」
「おまえら、うるせーな!」
笑い出す二人に向かって叫ぶ。わかんないことは単刀直入に聞けばいい、それだけのことだ。
「りょーくんが、言ったの?」
「え? ああ、そんなはずがないって話をしてたとこだ」
『当たり前じゃん、バカじゃないの!』健一なら、いつもみたいに笑い飛ばしてくれると思っていた……のに。
「好きだけど」
「は?」
「スカイのことずっと好きだけど、おかしい?」
それは予想外の答えだった。
「待てよ、冗談だろ?」
「鈍感」
健一は表情ひとつ変えず、冷ややかに返す。
「お、おまえ、そんなこと……今までひとことも!」
「ほら、さっさと打ち合わせの続きするよ! りょーくんも彰も!」
「よし、早くやって終わらそう」
「へいへい」
「健一も、何を平然と答えてんだよ、おい!」
そんな空也の声も無視して、さっさと屋上を出ていってしまった健一のあとを追いかけるように、亮介と彰は何事もなかったような顔で屋上を出ようとする。
「ちょ、ちょっと待てよ! 話はまだ終わってねーぞ!」
「おまえが知らなかっただけで、みんな昔から知ってたってことだよ」
「だから言ったろ」
待てよ、亮介。そんな言い方しないでくれ。そもそも、俺はおまえのことが好きだったんだけど――
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