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(いやいや……冗談よね。篠崎君が冗談を言うなんて珍しい)
「な、何、言ってるのよ」
「からかうなんて、嫌だなぁ」と、バシンと腕を叩いたら、
「別にからかってない」
篠崎君は、至極真面目な顔をした。
「今は学生だから無理だけど、卒業して就職したら……」
「ちょ、ちょっと待って!」
私は篠崎君の言葉を、途中で遮った。
「本気?」
「本気」
篠崎君の答えに、唖然とする。
「私たち、付き合ってまだ1ヶ月よ?」
「恋人にプロポーズするのに、付き合った日数なんて関係ないだろう?」
「いや、そうかもしれないけど……」
「俺、結婚願望強いんだ。来栖さんなら、って思ったし」
混乱している私を見て、篠崎君が、ふっと笑った。普段からあまり表情の変わらない彼の笑顔に、ドキッとする。
「こ、こんなところで言わなくてもいいじゃない……」
本当にプロポーズなのだとしたら、もう少し、雰囲気を考えてくれてもいいと思う。旅行帰りに立ち寄った酒蔵で、いきなり結婚を申し込まれるなんて、不意打ちもいいところだ。
「じゃあ今度、あらためて言うよ。その時に返事して」
「…………」
何も言えないでいる私に、篠崎君は悪戯っぽい目を向けた。
そして、
「あっちに良さそうな地酒があったんだけど、来栖さんも見てくれない?」
と言って背中を向けて歩き出す。
(ああ、ダメ。心臓が破裂しそう)
ドキドキしすぎて、呼吸が苦しい。体が熱い。
「来栖さん?」
名前を呼ばれて、私は篠崎君に駆け寄った。本当はこのまま背中に抱きつきたかったけれど、他の皆もいるので我慢する。
――今度は私が杏奈を驚かせてやろう。
そうしたら彼女はどんな顔をするのかしら。
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