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わたしたちの表情に気が付いたなずなさんは、ふっと微笑むと、
「ねえ、先輩。ちょっと相談に乗ってもらいたいことがあるんですけど、今度、お時間いただけませんか?」
と、颯手の顔を見上げた。
「相談?ここじゃ、あかんの?」
颯手が首を傾げると、
「だって、先輩、仕事中じゃないですか。込み入った話なので、ゆっくり聞いてもらいたくて……」
と言って、なずなさんは弱々しく笑った。
「先輩、レストラン時代、私の仕事の悩みとか、よく相談に乗ってくれましたよね」
ちらりと、なずなさんがわたしを見た。その視線はまるで、「あなたが知らない先輩のことを私は知っている」と言われているようで、胸がチクリとした。
「颯手、相談に乗ってあげたらどうかな?なずなさん、何だか困ってるみたいだし……」
わたしは、もやっとした気持ちを彼女に悟られたくなくて、颯手にそう勧めた。
「そう?」
颯手はわたしの内心に気付いてはいない様子で、
「ほんなら、桐谷さん。今度、お茶でも行こか」
と微笑んだ。
このほんの少しの譲歩が、後々、激しい後悔に繋がるとは、この時の私はまだ気がついていなかった。
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