3.似て非なるもの

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3.似て非なるもの

 その日は朝から、高取さんの様子がおかしかった。 「おはよう!か、笠間くん!」 「お、おはよう」  明るく元気な様子はいつも通り。なのだが、今日は珍しく始めに俺へと声をかけてきた。 「おはよう、七穂」 「あ、おはよう。と、智也」  いつもなら智也に声をかけてから、俺、の順番だったはず。それに、何故か名前を呼ぶとき微妙に考え込んでいるような気がするのは気のせいかな? 「お前、今日は随分とテンション高いな。何か良いことでもあったのか?」  どうやら智也も違和感の理由を知らないようで、探るような視線を高取さんに向けている。 「え、あー…。いや、うん?そうかな?」  一瞬びくりと肩を震わせた後、明後日の方向をみて肯定しかけ、慌てて誤魔化すようににっこりと笑った。それだけでパッと空間が明るくなるその笑顔は、いつもの高取さんのものだった。  曖昧な態度に、俺の胸を嫌な予想が過る。 ――まさか……まさか、まさか。俺よりも先に、誰かに告白されたのではないだろうか?  そう思った瞬間、モヤモヤとした嫌なものが胸に溢れた。不安と焦りと悔しい気持ち。それらがない交ぜになった、自分でも嫌いな感情。 「……ひょっとして、誰かに告白でもされたか?」  にやりと笑ってからかい交じりに言った智也の言葉は、まさに俺が今一番高取さんに聞きたいことだった。きっと智也も同じ気持ちなのだろう。おかしな態度の原因が、他に好きな人がいるという答え以外であって欲しいと願う気持ちが。  ついついじっと食い入る様に見つめてしまった俺と智也の前で、高取さんは一瞬キョトンとした表情を浮かべ自分を指す。それに、二人揃って頷くと、パッとその顔が朱色に染まった。しかしそれは、照れているとか図星だとかそういう類のものではなかった。真っ先に浮かんでいたのは怒りと焦り。そして羞恥。 「ば、ばか言わないでよっ!そ、そそ、そんなこと、あるわけないでしょっ?!」  その口元は上手く回っていなかったが、俺は内心ホッとした。  智也も安堵したのか、ニヤニヤと笑うその笑みに先程まであった不安感が消えていた。 「ああ、悪い。お前みたいな元気だけが取りえな凡人の、お子ちゃま女子に告白するようなもの好きが、いるわけがなかったな」 「いや、ちょっと智也。それは――」 『言い過ぎだろう』と俺が窘めるよりも先に、その頬に高取さんの平手打ちが飛んでいた。 「誰がお子ちゃまよっ!そんなこと言ったら、あんただって高校三年生とは思えない低身長じゃない!」  眉間に青筋を立て、腕組みをする高取さんの言葉に今度は智也が涙目になり羞恥と怒りで顔を赤くしていた。 「う、うるさいやい!お、俺だって、好きでちっちゃいわけじゃ……」 「そんなの、あたしだってそうよっ。好きで寸胴なわけじゃ……」  何故か二人揃ってシクシク泣き出した。賑やかな朝の教室とは裏腹に、俺の周りだけ空気が重苦しい。 「ま、まあ。落ち着いて、二人とも。人にはそれぞれ良いところと、悪いところが必ず一つぐらいはあるもんだよ。二人とも嫌な所の反対に、いっぱい素敵なところがあるじゃないか」 「何だよ、その良いところって」  拗ねたイケメンは面倒臭い。  一瞬その表情にイラッとしたが、話が進まないのでそっと払い消す。 「智也は身長低くても、女子に優しくて紳士的だから人気あるじゃないの。それに、身長は低くても、顔は整っているし?頭も良いし、運動神経だって……」  つらつらと並べながら、自分でも何を言っているんだろうと虚しくなってきた。 「……?アキラ?」 「笠間くん?どかしたの?」  急に黙り込んだ俺を不審に思ったのか、二人が覗き込んできた。  一瞬、高取さんと目が合った瞬間ビクッしたが、直ぐに気を取り直してためていた息を吐いた。 「いや、何か虚しくなって。そうだよ、智也は低身長以外全部良いもの持っているんだから、落ち込むとか俺に失礼だよ。うん」 「うーん。それって褒められているの?俺」  自分を指して首を傾げた智也に、俺と高取さんが二人揃って頷いた。 「「うん。褒めてる」」  偶然とはいえ、綺麗にハモった声に心臓が跳ねた。  ちらりと彼女の様子を窺えば、相手もこちらの様子を窺っていたようで、バッチリ視線が合ってしまった。慌てて逸らすが、顔が一瞬で熱くなった。 ――やばい、顔真っ赤になってないかな?それに、さっきの、高取さんに変に思われなかったかな?  浮かんだ嬉しさは、あっという間に不安へと変わる。  相変わらず煩い心音を聞きながら、恐る恐る視線を前へと戻した。  智也は腕を組み、難しい顔をして先程の俺の言葉を反芻し、やはり納得が行かないと言いたげに眉間に皺を寄せていた。   その横で、視界の隅にちらりと捕えた高取さんの顔はほんのりと朱色に染まっているように見えた。その視線がまた俺を捉える。それは逸らされることなく、はにかんだ笑みに変わった。 「!」  俺の中の不安が、吐き出す息と共にスッと消えて行くのを感じた。  少なからず、変に思われてはいないようだ。偶々、声を出すタイミングが合っただけ。それだけだ。そして、お互いそれが恥ずかしくて照れただけ。何も、変なことはない。  自分に言い聞かせるように心の中で呟く。 朝のちょっとした出来事は、先生の教室入場と共に一旦幕を閉じた。  ところが、その日の高取さんはやっぱり少しおかしかった。  得意な陸上の授業では、何もないトラックでこけて足を挫き、数学の授業中には彼女なら絶対にしない居眠りをしていた。昼はいつも親しい女子とお弁当を食べるのに、その日に限って俺と智也が食堂で食べるのに同行した。食堂でも、珍しそうに辺りを見回し食券を買うのも四苦八苦する始末。確かにお弁当派の彼女が食堂に来たこともなければ、券を買って食事をすることもほとんどないだろう。  いつもの高取さんと比べれば、少々違う行動をだと薄々感じた。でも、そういう気分の日だって人間ある。俺だって、天体大好き人間だが、気分が乗らなければたまには星空を一切見上げず、さっさと寝てしまう夜だってある。きっと高取さんも、今日はそんな気分の日だったのだろう。  そう思い、然程気にも留めずにいた。  しかし、いくら気分転換したい日だと言っても程があるだろう。 「……えっと、高取さん?なんで俺と同じ方向へ帰ろうとしているの、かな?」 「え?」  下駄箱から校門まで、俺と智也と高取さんでいつも通り他愛もない会話を交わしつつ歩いていた。そして、いつもならば、校門で俺が左のバス停、智也と高取さんが右の下り坂へ徒歩で向かう所。それが、左へ曲がった俺に、高取さんがさも当然のようについて来たのだった。 「いや、高取さんの家は、あっちだよね?確か智也と隣どうしだって聞いているんだけど」  振り返り、背後を指さす俺を、高取さんが不思議そうに見つめる。  いや、そんな顔をされても俺が困るんだけど……。  どうしたものかと対応しかねていると、智也が足早にやって来て高取さんの身体を反転させた。 「はいはい。七穂の家は俺と同じ方向ね」  そう言うが早いか、有無を言わさず高取さんの身体を強引に坂の方へ押した。その合間に、俺を振り返り、片手ですまないと謝る智也。  それに、手を振って気にするなと示すも、胸の内は複雑だ。  助かったと思う反面、二人の仲の良さを見せつけられる結果になってしまった。  こんなことで嫉妬するなんて、場違いだと分かっていても心は言う事を聞いてはくれない。  文句を言いつつ、遠ざかる二人の背中を、俺はバスが来るまで無意識の内にじっと眺めていた。  告白まで、あと四日。   * * * * * 「何を考えているんだ!!」  様々な実験器具が並び、そこここに書類が散らばる何処かの研究室。  その真ん中で、白衣を着た三十代の男性と、セーラー服に身を包んだ少女が向かい合っていた。怒気を孕んだ男性の声と表情に、少女は項垂れただリノリウムの床へ視線を落としている。周りでは、数人の白衣の男女と、一人の学生服を着た少年が黙って事の成り行きを見つめていた。 「あそこへは、再三行ってはいけないと注意していただろう?!」 「……ごめんなさい……」  泣きこそしてはいないものの、少女の声は今にも消え入りそうな程か細い。  しかし、男性は怒りを収める気配はなかった。 「もし、研究が失敗したら――」 「大丈夫、問題ないわ」  男性が苦渋の表情を浮かべたのと同時に、女性の凛とした声が割って入った。  二人の視線が、研究室の入口へと向かう。  そこには、白衣を着た四十代ぐらいの女性が腕を組んで立っていた。 「先程確認を入れたけど、数値にも異常は見られない。大丈夫、研究は何の問題もなく継続している」  ヒールの低い靴を鳴らして歩み寄って来る女性を、男性は苦虫を噛み潰したような表情で睨みつけた。少女の顔には、ホッとした安堵の色が浮かぶ。 「それは良かった。だからと言って、明日香(あすか)が言いつけを守らなかったことを見過ごす理由にはなりません」  きっぱりと言う男性に、女性もゆっくりと頷いた。 「そうね。今回は偶々問題が起きなかっただけで、次はそうは行かないかもしれない」 「そうですよ」 「でも、そんなに頭ごなしに怒鳴りつけては、明日香ちゃんが怖くて縮こまってしまうだけよ」 「……それは……」 指摘に男が口ごもっている内に、女性は男性と少女の間に割って入り、少女へと向き直った。 「ねえ、明日香ちゃん。どうしてお父さんとの約束を破ったの?」  優しく穏やかに問いかける女性の言葉に、明日香と呼ばれた少女の瞳から一粒涙がこぼれた。 「あたし、羨ましくて。あたしだけ仲間外れみたいで……。あたしも、皆に混りたくて……」  後から後から涙は零れ、少女はしゃくり上げながらその涙を自分で拭う。 「あたし、いつも一人ぼっちだったから。トモ兄は良く遊んでくれたけど、いつも忙しそうで。ずっと一緒に遊びたくって、小さい頃から言えなかったから……。だから、あたしが皆の所へ遊びに行けばいいと思って、だから……」 「そう」  女性はそっと少女の身体を抱き寄せた。 「寂しかったのね。でも、お父さんたちの邪魔をしたくなくて、ずっと我慢してきたのね。明日香ちゃんは偉いわ」 「う、うう。でも、約束破っちゃった……」  腕の中で泣きながら駄々っ子のように、首を振る。  父親とは違う温もりに、張り詰めていた気持ちの糸が切れたのだろう。十七歳の少女は幼子のように涙で頬を濡らしていた。 「大丈夫。きっともう、怒ってないわ。ねぇ、?」  そんな少女ににっこりと笑いかけ、振り返らずに語尾を強めて女性が言う。 「……ああ。怒っていないよ」  間が合って、男性から反応が返って来た。その声はどこか渋々と言った様子を含んでいる。 「ですって。良かったわね。明日香ちゃん」  そう言うと、女性は少女の身体を離す。 「さ、お父さんの目をみて、ちゃんと謝って?」  くるりと、自分の位置と少女の位置を入れ替え、その背を男性の方へと軽く押した。  数歩押されて進み、再び父親と向き合う。今度は顔を伏せることなく、その目をしっかりと見ていた。 「ごめんなさい、お父さん。約束破ってしまって」 「いや、私の方こそ寂しい思いをさせたようだ。……すまなかった」  真っ直ぐに伝えられた謝罪の言葉に、父親は少し表情を緩めて頭を振った。  そしてそのまま、やさしく少女を抱き締める。 「本当に、すまない」 「ううん。あたしの方こそ、ごめんなさい」  その背に手を回して、明日香も目を閉じた。  暖かい、父親の温もり。ずっと、自分を見守って来てくれたことを、いつもどんな時でも優しく包んでくれたことを、明日香は思い出していた。  自分は決して、一人ではないと。  そんな二人を見守る女性の表情は冴えない。どこか、憂いを含んだ瞳を伏せると、そっとその場を離れようと踵を返した。 「あ!待って!」  それを視界の端に捉え、明日香が慌てて父親から体を離し呼び止めた。  女性の足が止まり、再び背後を振り返る。その傍まで走り寄ると、その片腕を取った。 「あ、あの。ありがとうございました」 「いいえ。私は何もしていないわよ」  礼を述べる明日香に、女性は微笑んで首を左右に振る。 「それで、あの……」 「うん?」  少し視線を彷徨わせた後、明日香は手招きして女性に顔を寄せるように示す。それに従い、女性は少し身を屈めてその顔に自分の顔を近づけた。近くなったその耳元に、明日香はそっと耳打ちをする。 『少し、相談したいことがあるんですけど……。後でお時間良いいですか?』  その声に、普段とは違う様子を感じとり、女性は小さく頷いた。 「じゃあ、私は研究に戻るわね」  スッと、何事もなかったように背を伸ばし、女性は背を向けて部屋を後にした。  残された少女は縋るような視線でその背を見送る。そんな少女の背を、男性は食い入る様に睨んでいた。そこに、先程までの優しい父親の顔は何処もなかった。
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