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1945年3月
空襲で焼け野原となったX市で恋人の政夫の消息を尋ね歩いていた京子は、ようやく見つけた青年団の団長から聞かされた言葉に、雷にでも打たれたような衝撃を受けた。
「政夫くんは、仲間と詰め所から防空壕へ避難する途中……焼夷弾の直撃にあってね……」
膝から崩れ落ちて嗚咽する京子は、昨晩丘の上で遭遇した老婆の予言を鮮やかに思い出した。
空襲の前日、X市の夜空は灯火管制のため、墨一色の天蓋に金銀の粒をまき散らしたかのような美しさだった。国防色の布地で作られた国民服を着用する政夫と、粗末な腰丈の着物にモンペ姿で頭巾を被った京子が小高い丘の上で体育座りになり、寄り添いながら星空を眺めていた。
「こんなところに二人でいると、戦地で戦っている同胞がいるのに逢い引きとは不謹慎だ、と怒られかねないね」
「…………」
「こんな綺麗な星空が灯火管制のおかげだって、感謝したら不謹慎かね?」
「…………」
星明かりでボンヤリと浮かぶ京子の微笑を見て、「君は言葉で否定も肯定もしない。ずるい人だ」と政夫は一瞬口を尖らすも、すぐに破顔する。
「早く戦争が終わって――平和な世の中になったら、僕はうんと働いて君を幸せにするんだ。立派なお屋敷じゃなくて小さくて慎ましい家だけど、暖かくて笑顔が溢れる家を持ってね。君だって、そういう家に住みたいだろう?」
「はい」
「子供は三人は欲しいなぁ」
「…………」
「犬も飼いたいな。猫もいいな。おっと、そうなると君が好きな金魚が飼えなくなるな」
「政夫さんがお好きなら――」
「僕だけの意見じゃダメだ。君と相談しながら何でも決めるのがいいに決まっている」
政夫の語調が高まり、彼は拳を握った。それから、政夫が人生設計を語り終えると、「そろそろ帰ろうか」と立ち上がって尻の泥を叩いた。京子も彼に従った。
「ほら、北斗七星がキレイだよ」
北天を指差す政夫は、京子が「綺麗……」と感嘆する声を聞き、微笑を浮かべて歩み始めた。
二人が丘から坂を下っていくと、途中で提灯を持った人影が横切り、行く手を遮った。
「君は誰だね?」
政夫の言葉に呼応して星明かりの中では眩しく見える提灯を持ち上げた人影は、己の姿を光の中に浮かび上がらせた。その人物は、薄汚い和服を着た皺くちゃの老婆だった。
「お前たちは添い遂げられぬ。男は明日死ぬからのう。生まれ変わってもそれは同じ。永遠に続く呪いじゃ」
政夫が「何を馬鹿げたことを」と鼻で笑うと、老婆は提灯を地面に置いて煙のように消えた。
「やっ! さては人を騙すタヌキだったのか!?」
そうではなく幽霊だったのかも知れないと心臓の鼓動が収まらない京子は、政夫の顔を覗き込む。
「明日、何かあるのですか?」
「ああ、青年団の団長に力仕事頼まれていてね。兵隊に向いていない体の僕だけど、それでも手伝えと言われて」
提灯の明かりがうっすらと照らす政夫の顔は、眉をハの字にして笑っていた。それを見た京子は目を見開いた。そして、夜空を見た。北斗七星が浮かび上がる。
(この場面……。見覚えがあるわ)
既視感を振り払おうと首を軽く振った京子は、次は胸騒ぎに襲われる。
「気をつけてくださいね」
「……もしかして、あの婆さんの話、気にしている?」
この政夫の言葉が記憶を呼び起こした。この言葉は遙か昔に聞いたことがあると。
「ううん、別に……」
否定したこの言葉も記憶にある京子は、悪寒が走った。
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