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2020年8月
Z高校天文部の夏合宿を終えたミコトは、4日後に同じ部員で両思いだったハヤテの葬儀に参列した。ハヤテは合宿から戻った日の夜、一家の乗った車がトラックに追突されて死亡。他の部員とともに嗚咽が止まらない彼女は、合宿の余興である肝試しで遭遇した老婆の予言を鮮やかに思い出した。
5日前。合宿所のあるY高原で仰ぎ見る満天の星々は、都会で見るより一回りも二回りも大きな金銀の粒だった。それらに混じる赤い粒は熟れた果実のようで、白い粒は氷砂糖の欠片のよう。そのたとえを口にしたミコトの横で袖が触れ合うように立つハヤテが、こぼれる笑みを浮かべて相槌を打つ。
広大無辺の宇宙空間を感じさせるこの星空を仰ぎ見ると、宇宙の音がロングトーンのように聞こえてくる。今は無風なので風の音ではない。この神秘的光景に心を打たれた者の耳にだけ届く音だ。
手を伸ばして限界まで背伸びをすれば、あの金銀の粒を手からこぼれ出るほどつかみ取れるのではと思えてくる。手中にした星を数え上げたとしても、それは恒星の数ではない。輝く星の一つ一つが星雲もしくは星雲の塊であるからだ。
ミコトが無限大の恒星の数に思いを馳せて感嘆していると、「つかんだ星を食べるのかと思ったよ」とハヤテは笑う。彼女は「なくなっちゃうでしょう」と握りしめた拳を空に向けてパッと開く。その時、肝試しの出発の時間がやって来た。
部長から「熱々の一年生カップルは羨ましいよ」との冷やかしを背に受けて、第一陣のミコトとハヤテが懐中電灯を手にして林の中へ吸い込まれる。途中、二人は暗闇の中で手探りで指を絡め、互いの手を握った。このまま恋人同士の会話でも交わしたい気分だったが、二人は頬を染めてなかなか言い出せない。
「ほら、北斗七星が見える」
出し抜けにハヤテが懐中電灯を上げて、木々の隙間を照らす。歩きながらなので時折枝葉で星が隠れるが、見える星を注視して拾うと、頭の中で北斗七星が描けた。
「おや、脅かし班の先輩かな?」
ずっと星を見上げていたミコトがハヤテの小声で前方に視線を向けると、5メートルほど先の右側にある低木に人影がもぞもぞと動いていた。二人は口端に笑みを浮かべながら歩調を合わせ、「うらめしやー」という言葉を待ちながら近づくと、人影が音もなく飛び出して道を塞いだ。反射的にその人物へ二筋の明かりが照らされると、薄汚い和服を着た皺くちゃの老婆が浮かび上がった。
「お前たちは添い遂げられぬ。男は明日死ぬからのう。生まれ変わってもそれは同じ。永遠に続く呪いじゃ」
老婆はそう言って唇を三日月のように歪めると、低木の陰へ消えていった。その際に、掻き分ける音もしなかった。ミコトとハヤテが顔を見合わせて、幽霊だったのではという認識がお互いに一致したとき、二人は口々に叫んで道を引き返した。
逃げ帰るカップルを脱落者として笑う部長だったが、二人が口を揃えて主張する幽霊の話を彼は「不審者がうろついている」と解釈して顧問と相談した後、肝試しは中止となった。
まだ心臓のドキドキが止まらないミコトが、心配そうにハヤテへ問いかける。
「明日、何かあるの?」
「ああ、合宿から帰ったら、夜に車で家族旅行に出かけるんだ。帰ってすぐの強行軍だけど」
眉をハの字にして笑うハヤテの顔を見ていたミコトは目を見開いた。そして、夜空を見た。北斗七星が浮かび上がる。
(何、この場面……。見覚えがある)
デジャブを払拭しようとかぶりを振るミコトは、次は胸騒ぎに襲われる。
「気をつけてね」
「……もしかして、あの婆さんの話、気にしている?」
このハヤテの言葉が記憶を呼び起こした。この言葉は遙か昔に聞いたことがあると。
「ううん、別に」
否定したこの言葉も記憶にあるミコトは、悪寒が走った。
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