強風の夜の怪人――ハインツの推理譚

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 昭和のある時代、東京の片隅に、ひとつの全寮制中学校があった。  生徒には外国人やハーフが多く、純粋な日本人の方が少ない。  ハインツ・コイルフェラルドは二年生のある秋の黄昏を、レンガ造りの寮のロビーで紅茶を飲みながら過ごしていた。  風の音が、外で強く鳴っている。 「ねえハインツ」 「……フィア。一応ここは男子寮なんだけどね」と小声で答える。 「さっき女子寮で起きた事件を知らないの? 空飛ぶ怪人が出たのよ」 「怪人」 「一年生のミアッツが、今度の合唱コンクールに校代表で出ることになって、さっきまで音楽室で練習してたの。それで部屋に帰ってベッドを整えていたら、窓の外に怪人が現れたの。彼女の部屋は三階なのに」 「……怪人ねえ。君じゃないのか」 「ほー」 「ごめん。続けて」 「怪人は西洋風の彫りの深い顔立ちで、濃いお化粧をしていて。長いマントを羽織って、両手を広げて宙に浮いていたの。ミアッツが悲鳴を上げたら、怪人は空に消えたわ。彼女倒れちゃって、先生が救急車呼んだみたいよ」 「ふうん。屋上からは……」 「人間を吊ったような跡はなかったわね。怪人は左右に動いてたらしいから、ハシゴや脚立でもないし。どうやって飛んだのかしら」 「その時、周囲には誰かいなかったのか?」 「怪しいのは、日暮れの時間なのに女子寮の近くにいた男子三人ね、私が飛び回って調べておいた。きっとこの中に犯人がいるわ!」 「なんでそんなに周到なんだ……」  フィアは、ハインツの弟のカルフと特に仲がいいのだが、行動力がやたらあるところが二人ともそっくりだった。  苦笑しながら、ハインツが言う。 「じゃあ、その三人のことを聞かせて」  一人目、田内ショーン。 「床屋さんの末っ子で、生物部の花壇係ね。怪人騒ぎの直後は、一人で外にいた。古い発泡スチロールのプランタを壊して捨てるのに時間がかかったみたいで、一人で部活に残ってたのね」  二人目、イード・ハウンセン。 「お医者さんの長男、お姉さんがいる。バスケット部の控え選手。例の時間は、一人でボール磨きや後片付けをしていたわ。ボールをつるつるにできる埃取りの薬品でじっくり拭いていたって。いらないボールとネットを捨てたりもしてた」  最後、ロウラウ・カナタ。 「牧師さんの一人息子ね。保険委員で生物部の飼育係。事件の直後は、作業着を着て兎小屋の修理をしていたわ。ワラや糞なんかを新聞にくるんで捨ててたわね」 「その中で怪人と似た顔立ちの人は?」 「誰も全然似てない。事件後、屋上からそれぞれの位置に怪しまれずにたどり着けるようなヒマもなかったはずよ。第一、悲鳴が上がって大騒ぎになった女子寮の中を、男子が移動できるとも思えないし」 「まあ、一番可能性が高い奴から当たってみるよ」 「誰よ、それ?」 「当たったら教える。じゃあ、行ってくるね」
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