魔王さまと生け贄の聖女

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 その男は、人々に畏怖されていた。  尋常ではない魔力――しかも闇属性のスキルを持っていたために、いつしか『魔王』と呼ばれ、忌み嫌われた。  男は迫害を恐れ、誰も足を踏み入れることのない荒れ地へと、ひとり移り住んだ。  周囲に話し相手もなく、聞こえるのは風の音ばかり。  静寂と孤独に包まれた日々。  それでも男は幸せだった。  意味もなく嫌われることに耐えきれず、怒りから魔力を暴走させてしまうよりは、永遠とも思えるほどの孤独に苛まれた方が、よっぽどマシだと思えたからだ。  それに慣れてしまえば、どうってことはない。  荒れ地にひっそりと咲く草花を眺めて、自分ひとりが食べられる量の野菜を作る。  時折訪れる鳥の声を楽しみ、虫たちの営みに眼を細めた。  静かなまま、ひっそりと一生を終えるのだ――。  男はそう思っていた。  突然、予期せぬ訪問者が現れるまでは。 「初めまして、魔王さま。わたくし、西の国の聖女にございます」  聖女の突然の訪問に、男は絶句した。 ――聖女? なんでこんなところに?  戸惑い、声も出ない男を尻目に、聖女は大きな荷物を持ってズカズカと室内に入り込む。 「え、あ、ちょ、待って!」  男は慌てて聖女の後を追った。 「とりあえず、お茶をいただけますこと? ずっと歩き通しで、喉が渇いてしまいましたの」  聖女は男を振り返り、にっこりと微笑んだ。 「あっ、はぁ……」  言われるがままに、お茶を淹れた男だったが、頭の中は疑問符でいっぱいだった。 「あの、どうぞ」  男が出した香り高いお茶に、聖女は淑やかに口を付けた。  その優雅な仕草に、一瞬見惚れる。 「さて魔王さま」  一息ついた聖女が、魔王に向かって話しかけた。 「あの、その『魔王』ってやつですが、自分はただの人間でして……。第一、聖女さまがなぜこんなところに。しかも、おひとりで」  自称聖女は、供も付けずにひとりでやってきたのだった。  どの国からも離れたこんな荒れ地に、女ひとりで。 「それはですね、わたくしがあなたの生け贄だからですわ」 「生け贄ええぇぇぇ!?」  驚愕のあまり、男は素っ頓狂な声で叫んだ。 「さようでございます」  話を聞けば、聖女の国はここ数年、冷害や飢饉に見舞われ、国民の大半が飢え苦しんでいるらしい。  食べ物を求めた人々が暴動を起こし、治安が悪化。盗難や暴力事件は後を絶たず、国は荒れに荒れた。 「悪いことが立て続けに起こるので、どうしたら国が良くなるかを神にお伺いしたのです。そのときに下ったご神託が、『聖女を“荒れ地の魔王”に生け贄として捧げること』でした。だからわたくし、あなたさまのもとに食べられに来たのですわ」 「ちょっと待ってください」  男は額を押さえて呻いた。 「そもそも自分は魔王じゃありませんし、人間なんて食べません」  そもそもベジタリアンなんです、私は。  男はそう独りごちた。 「魔王ではないという割には、尋常ではないほどの魔力をお持ちのようですわね」 「……わかるのですか?」 「わたくしは腐っても聖女。人の持つ魔力の量が手に取るようにわかりますわ。魔王さまの魔力は、わたくしが見た中でも最強のものかと」 「……確かに魔力量は膨大です。しかし自分は魔王などではない。国を救いたいのでしたら、本物の魔王のところへ行くか、もう一度ご神託を受けてください」 「でも荒れ地というのは、ここのことですわよね」 「世界中を探せば、ほかにも荒れ地があるかもしれない。それに自分は断じて魔王ではないのですから」 「困りましたわ……国の者は皆、わたくしが頼りだと泣いて送り出してくれたのです。今さら『魔王違いでした』と、帰るわけにはいきません」 ――困ったのはこっちだよ……。  あまりの話の通じなさに、男は辟易した。 「だからといって、自分は聖女さまを絶対に食べません。どうぞお帰りください」 「あら、でもそろそろ日が落ちようという時間ですわ。別の魔王さまに出会う前に、夜道で獣や野党に襲われて、命尽きるかもしれません」  怖いわ怖いわと言って、怯えた素振りを見せる聖女に、男はため息をついて 「では今日は客間に泊まっていってください。朝になったら自分が国までお送りしますので、どうぞお帰りを」 と渋々滞在を許可した。 「本当にありがとうございます」  聖女は深々と最敬礼をして、魔王に感謝の言葉を述べた。  しかたないなぁと呟いて、髪を掻き回しながら客間に向かう男。  その背後で、聖女の目が怪しく光ったことに、男は気付かなかった。 **********  夕飯は、男の心づくしの手料理が並んだ。  ひとり暮らしが長いので、ある程度のものなら作れるのだが、なんといっても相手は聖女。 (こんな料理を出していいのか!?)と、男は内心震えた。 「お気にならさずに。わたくしは二歳のころより修道女として神殿に籠もっておりましたから、粗食にはなれております。むしろこの料理の数々は、わたくしにとってはご馳走ですわ!」  パンと野菜がたっぷり入った具だくさんスープ、そして野菜たっぷりのキッシュ。  肉が一切入っていないメニューを、喜んで食べてくれる聖女に、男はホッとした。 「肉は食べないので常備していないのですよ。野菜ばかりで申し訳ありません」 「わたくしも普段は野菜中心のメニューですのよ。それも最近は少なくなりましたが……」  聞けば最近は一日に二食摂れればいい方で、それも野菜屑がごく少量入ったスープや、雑草を茹でただけのものなどもあったという。 「わたくしは聖女ですから、まだ毎日食事をいただけるのです。民の中には三日もの間なにも口にできない者もおります。ですから、こんなに野菜がふんだんに入っているお食事をいただけるなんて、わたくしはとても幸せ者ですわ」  その言葉に、男は胸を詰まらせた。  聖女は本気で、民に安寧を与えようとしている。  しかし自分は魔王ではない。だから西の国のために、なにもしてやることができない……。 「すみません……」  男はスプーンを置くと、聖女に向かって頭を下げた。 「魔王さまのせいではございませんわ。頭をお上げになって。せっかくのお食事が冷める前にいただきましょう」 「そうですね」  ふたりは無言のまま、食事を取った。  それぞれに湯浴みを済ませると、聖女は客間に、男は自室へと入った。  微かにカタンカタンと音が聞こえる。  家の中からなにか聞こえるのは久し振りで、男はホッと息を吐いた。 ――予想以上に、自分は孤独感を抱いていたのだな。  食事中はなにも喋らなかったふたりだが、それでも同じ空間に誰かがいると言うだけで、男の心は満たされていた。  ずっとここにいて欲しいとさえ思う。  しかし、聖女には魔王に会うという目的がある。国と、民を守るという使命がある。 ――魔王でもなんでもない自分が、願っていいことではない。  男は深く息を吐くと、ベッドサイドのランプを消した。  それから、どれくらいの時間が経ったのだろう。  男は息苦しさを感じて、目を覚ました。 「うぅっ……」  明かりひとつない暗闇の中、目を凝らすと――男の上に跨がる聖女の姿が見えた。 「えええええ、聖女さまっ!?」  男は驚いて、ガバリと起き上がった。 「あらあら、起きてしまわれましたか?」  いたずらが見つかった子どものように、楽しそうに笑む聖女。  よく見ると、なにも身につけていない……生まれたままの姿である。 「あなたは一体なにをしてるんですかっ!?」 「ですから、申し上げましたでしょう? わたくしは生け贄なのです。魔王さまにこの身を召し上がっていただかなくては」 「だから自分は肉は食べないと」 「あら。食べるのはなにも、血肉を貪るだけじゃありませんことよ? 男が女を食べると言ったら……」  つまり、性交渉ですわ。  聖女は男の耳元で、吐息混じりに囁いた。  フッと息がかかり、男の喉がヒュッと鳴る。  それに気付かぬ振りをして、聖女は男の耳をペロリと舐めた。 「せいじょさ……っ!!」  たっぷりと唾液を絡ませて、耳殻をくちゅりと舐る。  その刺激に、ゾクリと鳥肌が立った。  気持ち悪さではない。むしろ、よすぎたのだ。  そもそも男は耳で快楽を拾いにくい(たち)であったが、長い禁欲生活で些細な刺激にも異常なまでに反応してしまった。 「あら。魔王さまってば、ここをもう、こんなにして」  聖女が男の昂ぶりを、毛布の上から優しく撫でる。 「あっ、やめろっ……」  肩を掴んで引き離そうとしたが、上手く力が入らない。  くすくすと笑いながら、手を休めない聖女。  その唇が首筋を這い、ペロペロと舐める。 「くぅっ……!」  男の腰が、微かに持ち上がる。 「気持ち、いいですか?」 「これ以上はいけません! 抑えが利かなくなる!」 「あら、いいじゃありませんか。わたくしは、そうして欲しいと申し上げているのです」 「今日会ったばかりの人間が、していいことではありません! 第一あなたは聖女さまでしょう。純潔を失ったら」  その資格は剥奪される。  男はそれを危惧したのだ。 「わたくしに課せられた使命は、魔王さまに召し上がっていただいて、国を救うこと。もとより命はないと思っていました。純潔でなくなるくらい、どうってことありませんわ」  聖女は目に涙を浮かべ、真剣な眼差しで訴えた。 「国が、民が、わたくしに期待を寄せているのです。どうか、わたくしを……食べてくださいまし」  男の胸にしなだれかかる聖女。ふんわりと甘い香りが漂って、男は喉をゴクリと鳴らした。 「……食べるの意味が、違ったら。抱かれ損で終わるかもしれない」 「そのときは改めて、別の『荒れ地の魔王さま』を探しますわ」  何ごとも、試してみなければ。  そう言って屈託のない笑顔で答える聖女を、男は抱きしめた。 「後悔は、しませんね」 「もちろん。あ、でも魔王さまは性交渉は……?」 「馬鹿にしないでください。それくらいはあります」  もっとも、もう何年もしていないが……。  男は内心で苦笑した。 「でしたら大丈夫ですわね。ただ、わたくし初めてだから上手くできるか……」 「そんなことは心配しないで。全部自分に任せてください」  後悔は、させませんから――。  男はそう言って、噛みつくようなキスをした。  丹念に、時間をかけて愛撫された聖女の体は、グズグズに蕩けきった。  嚥下しきれなかった唾液が口から零れ、すすり泣きのような喘ぎ声が家中に響いた。  秘所からは蜜が溢れ、淫靡な水音が聞こえる。 「いいですか?」  男が男根を支え、その切っ先を聖女の蜜口に当てた。 「どうぞ、召し上がって……」  聖女は胸元で手を硬く握りしめ、そう答えた。 「なるべく、痛まないようにしますから……」  男はゆっくり、ゆっくりと聖女の中に侵入してきた。 「あぁっ……」  聖女が小さな悲鳴を上げる。 「すみません、痛みますか」  男が動きを止め、聖女の頬を撫でると、彼女は眉を寄せながらも 「よいのです。そのまま……きて」  気丈にそう言った。  男はさきほどよりも時間をかけて、ゆっくり、ゆっくり奥へと進める。  やがて、互いの肌がぴったりと重なった。 「全部、入りましたよ」  男は額の汗を拭って、そう告げた。 「嬉しい……わたくし、魔王さまに食べていただきましたのね」  歓喜する聖女の顔に、男の理性がはじけ飛んだ。 「いいえ、まだ……これからだ」  男の腰が大きく動いた。 「あぁぁぁぁぁっ!!」  突然の激しい刺激に、聖女がひときわ大きく啼いた。  いきなり豹変し、獣のような激しさで蹂躙する男に、怯えて涙を流した聖女だったが、やがて刺激は快感に変わり、子宮の奥に不思議な疼きを感じた。 「どうしたのです、そんなに腰を振って。この中だって、自分のモノに吸い付いて離そうとしない。初めてだというのに、とんだ淫乱聖女さまだ」  男はうっそりと嗤った。  その仄暗い目に聖女の胸はときめき、下半身がキュッと締まった。 「ほら、また。自分を締め付けて……そんなに気持ちいいですか?」 「はぃ……きもちいいです……。もっと、もっとわたくしを……あぁぁっ」  聖女の懇願に、男の腰がさらに激しさを増す。  最奥を何度も何度も突き上げるように犯し、聖女を高みへと導いた。 「あぁ、わたくしっ……もう……!!」 「我慢しないで、そのままイって……もう、自分もっ……」 「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」  聖女は腰を跳ねらせて、絶頂した。  ビクンビクンと大きく痙攣する。  そのたびに膣がきつく締まり、男の男根にいっそう絡みつく。 「くっ、自分も――」  男はそのまま、聖女の中に果てた。  呆然としたように、はぁはぁと荒い息を吐くふたり。  やがて呼吸が整ったころ、どちらからともなくキスを交わした。  初めのときとは違う、優しさと愛情溢れるキスだった。  時を同じくして、西の国では突然の怪異に人々が恐れ慄いていた。  夜半だというのに空が明るく光り、辺りを照らし出したのだ。  太陽よりも柔らかで温かい光は、半刻ほど西の国中を照らしていたかと思うと、やがて静かに消えた。  人々がそろりと外へ出てみると、痩せ衰えた大地は潤い、枯れていたはずの植物が青々と生い茂っている。 「奇跡だ……聖女さまの奇跡だ……!!」  人々は涙を流し、『荒れ地の魔王』の犠牲になった聖女に祈りを捧げた。  当の聖女さまはと言うと。 「大丈夫ですか?」  聖女の体を清めていた男が、心配そうに訪ねた。 「平気ですわ。初めては痛いと聞いていましたが……その、とても優しくしていただいたので……」  聖女は顔を赤らめて呟いた。  男もまたそれを見て、思わず赤面する。 「ご、ご満足いただけて幸いです」 「あの……魔王さまこそ、わたくしを召し上がって、いかがでしたか」 「それはもう……もちろん……!」  聖女の痴態を思い出すだけで、男の下半身が再び鎌首をもたげそうになる。 ――しかし、ここは自重だ。自重しろ……。  なんと言っても聖女は初めてだったのだ。  ここで(たが)を外したら、抱き潰してしまうだろう。確実に。  男は心の中で涙した。  しかし、そんな男の気持ちは聖女には伝わらなかったようだ。 「それはわたくしも……嬉しゅうございますわ」 「では、そろそろ休みま」 「あの」  聖女は男の言葉を遮った。 「はい、なにか」 「あの……わたくしも、魔王さまに召し上がっていただいて、心から幸せですの。それで、その……デザートも、召し上がりませんこと?」  聖女は両腕を男に伸ばして、懇願した。  プツン。  男は理性が焼き切れる音を再び聞いた。 **********  その後のふたりはというと。  たっぷりと睦み合った翌日、聖女は起き上がることができず、結局もう一泊する羽目になった。  土下座で平謝りする男に聖女は 「よいのです……わたくしも、その……気持ちよかったですから……」 と顔を赤らめて伝え、男は理性を保つのに必死にならなければならなかった。  翌々日、西の国へと戻ったふたりは、そこで驚きの光景を目にすることとなる。  なにがなんだかわからないまま、人々に歓待され、王までもが頭を下げて感謝した。  戸惑う男に聖女は 「この奇跡はやはり、魔王さまがわたくしを召し上がってくださったからですわ と、嬉しそうに微笑んだ。  聖女は純潔ではなくなったため、その資格を剥奪され、かわりに男の妻になった。  そのまま荒れ地へと戻り、ふたりきりの静かな生活を始めた。  夜になって愛を確かめ合うごとに、荒れ地は徐々に潤い、やがて肥沃な大地となった。  しばらくして子宝に恵まれると、その後立て続けに七人の子どもが生まれた。  静かだった生活は一転、賑やかなものとなる。  日中は姦しいほどの賑やかさだったが、男はその光景に目を細めて笑った。  かつてあった孤独は、今はもう影も形もない。  やがて、元荒れ地に住まわせて欲しいという人が増えていき、気付けば王国ができあがった。  男は初代の王として、愛しい妻と可愛い子どもたち、そして守るべき民に囲まれながら、幸せな生涯を送ったのだった。
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