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目を開けると、そこは何処かのベンチのようだった。
辺りは真っ暗で何も見えない。
ベンチの上だけ、ぼう、と灯りが付いている。
その微かな灯りから、どうやらバス停であることが分かった。
ふと隣に座る女性を見て、俺は息を呑んだ。
「朱里」
思わず名前を口にして、涙が零れた。
朱里はこちらを見ると、にっこり微笑んだ。
「来てくれたの?」
俺は無言で頷きながら、必死に思い返していた。
確か俺は、朱里の葬式を終えた帰り道で――、そこから記憶がない。
そう、朱里は確かに死んだのだ。
病院のベッドで、俺は確かに看取った。
しかし、目の前にいる朱里は、生きていた時と変わらない。
きらきらした丸い瞳、小さな唇。
息遣いも、かすかに聞こえてくる。
「戸惑ってるみたいだね」
朱里は困ったように俯いた。
「ごめんね、でもやっぱり、最期に会いたかったから」
朱里の声をかき消すように、急に暗闇の中からバスがやってきて、止まった。
「このバスは、5分間停車致します」
くぐもった声が、そう告げた。
バスの中を見ると、人の影のようなものがいくつも蠢いている。
――そうか、このバスは、“お迎え”なんだ。
俺は悟った。
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