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今、朱里はふっくらした頬で笑みを浮かべている。
こんなに健康的に見えるのは、いつぶりだろう。
そういえば、着ているのも病院着ではなく、ファーをあしらったダウンコートだ。
「そのコート、初めて見る」
「今更気づいたの?やだなあ、まったく」
朱里はこつん、と頭をぶつけてきた。
「これね、本当はデートに着て行こうと思って、買っといたんだ。一度も着れないまま終わっちゃうかと思ったけど、見せられて良かった」
にっこりと微笑む朱里に、また俺の鼻がつんとした。
「似合ってるよ」
少し鼻声になってしまったかもしれない。
でも、伝えられることは伝えないと。
「まもなくバスが発車致します」
無機質な声が、二人を引き裂く。
朱里は最後にぎゅっと俺の腕に自分の腕を強く絡めてから、そっと離れた。
「そろそろ行かないと」
もう少しだけ。
我儘を言いそうになり、俺は唇を噛んだ。
今、この5分間が奇跡なんだ。
これ以上求めるのは、ルール違反だ。
何のルールか分からないけれど、俺は何となく察していた。
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