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「神谷心さん……っていうんだね、名前。」
ビルを出て駅に向かいながら中井さんに言われ、私は、はい、と答える。
「かわいい名前だね。何て呼べばいいかなー。」
中井さんは楽しそうにそんなことを言う。
ほぼほぼ初対面のはずなのに、フレンドリーすぎない?
私の不審げな空気を読んだのか、中井さんはごめんごめんと謝った。
「馴れ馴れしいって顔に書いてある。
ちょっと浮かれすぎてるのかもな、俺。」
中井さんは駅が見えてきたからか、すっとあの定期入れを取り出した。
「色が見えるって言ってくれたのがうれしくて、わくわくしてしまったんだ。」
中井さんは照れたように笑った。
中井さんは路線と駅名をあげる。
「神谷さんの家からあまりにも遠いと申し訳ないんだけど、どう?」
「……同じ路線で、その駅から二つ先が最寄りです。」
「へぇ……偶然だね。近くて何より。」
二人で電車に乗り込み、話を続ける。
中井さんは営業職だけあって、話をするのも聞くのもうまかった。
とても話をしやすい。
「ここちゃんの出身は随分遠いんだね。」
いつのまにか中井さんは、私のことを”ここちゃん”と呼ぶことにしたらしい。
「はい。地方の田舎町で、大学は地元を出たんですけど、やっぱり地方で比較的のどかなところで。
都会に憧れもあったんで、就職はこっちにしました。」
「実際どう? 都会暮らしは?」
「んー。疲れます。ひたすら。
だから家は……もともと予算の都合上選んだ地域だったんですけど、都会とは言えない地域にして正解でした。
通勤に少し時間はかかりますけど。」
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