1,ぼんやりファルーン

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1,ぼんやりファルーン

「闇に輝く月を持つ者、大いなる力を持って世を制す。 我が名を捕らえ、我が名を唱えよ。 されば御身に月を授けん」 そう言って壁にあるハープを指さす。 「それがこの、一応家宝ではある役立たずのハープに刻んである。」 フフッと溜息混じりに王子が苦笑いした。 そのハープには美しい妖精が彫刻してあり、流線型は非常に整って、いわゆる黄金律を成している。数本の弦は、全てユニコーンの尾が使われていると噂だ。 しかし噂は噂、誰も信じる者はない。 「王女が飾りでしかないこれの音を、どうしても聞きたいと父王に願って、それでお前に白羽の矢が立ったというわけだ。 王女は婚礼が近づいて、最近落ち着かない様子でな、この国を離れるのが寂しいのであろう。 よろしく頼むぞ。」 床に平伏する10才の小さな少年ファルーンが、ぼんやりと顔を上げる。同行してきた村長が、返事もしない少年に焦ってドンと肘で小突いた。 「これ、返事をせんか。」 「はあ」 ぼやーんとした返事が返ってくる。 顔を上げるファルーンは、フワリとした金の巻き毛に美しい緑の瞳で、締まりのない表情だが整った顔立ちは際だって美しい小柄の少年だ。 しかしそれも見慣れた村長は、顔を引きつらせながら王子の顔色を窺った。 「この子は少し、他の子よりボウッとしていまして、両親が何か手に職をと考えて楽師の元へ小さいときから修行に出した次第で。」 「よい、なかなか見目も良いではないか。それにハープの腕は確かだと聞いている。元々このハープは、汚れ無き魂の者に弾かせよと言い伝えなのだ。多少ボウッとしている方が、世の汚れに縁がないであろう。」 ひどい言われようだが、まあそれも一理ある。 ファルーンは他の子と遊ぶこともなく、世捨て人のように丘の上で1人、1日ハープを弾いていることが多い。 頭の弱い変わり者と村人からも相手にされないのだ。 「では、よいな。以前城の楽師に弾かせたが、不思議と音が出なかったのだ。この子で音を出せればよいがな。」 ぞろぞろと、王子を先頭に城の廊下を進む。ファルーンが、グルグル首を巡らせ物珍しそうに見回して、村長にグイと手を引かれた。 「良いか、粗相のないように。」 「はあ。」 「はあじゃない!ハイだ。」 「はあ。」 ガックリ項垂れる村長だが玉座の前に傅き様子を窺うと、王の傍らには柔らかなシフォンのドレスを身にまとい、金の髪をなびかせて目も覚めるような美しいサラ王女がいる。15才の王女は小さな楽師にグリーンの瞳をほころばせた。 「まあ、可愛らしいこと。小さな楽師さんね。」 王女も喜び、王は上機嫌だ。ハープを持つ侍女に、さっそく渡すように急かした。 「そなたか、選ばれし楽師は!さあさあ、弾いて見せよ!見事に弾いたあかつきには、何なりと褒美を取らせるぞ!」 「はあ。」 ぼやーんとファルーンがハープを受け取り、くりくりと回してじっくりと見る。そしてやおらその場に座り込み、ボロンボロンと弾き始めた。 ポロポロポロ、ボロンボロン ボロン、ポロポロロボロンボロン 「おお、音が出たではないか!なんと美しい音色だ。」 人々が頷いてうっとりと聞き入る。 ボロボロボロロン、ボロンボロン シンと広間が静まりかえって、ただハープの音だけが響き渡る。 演奏にも次第に熱が入り、時を追う毎にファルーンの表情が鬼気迫る物になって行く。そして城上空の空は、まるでハープが雲を呼んだように、次第にどんよりとした雲がたれ込めていった。 ボロン、ポロロポロボロンボロン ヒュウウ………… バササ、バサササと、カーテンが揺れて侍女が小さな悲鳴を上げる。 人々は次第に不安になり、騎士の1人が演奏を止めようとファルーンへ近寄った。 「もう良い、その方演奏を止めよ。うおっ!」 ハープへ伸ばした手がバシンと弾かれ、窓から入った風がファルーンを巻き、パリパリとその身にスパークが散る。 バッと王が立ち上がり、兵士に手を挙げた。 「皆で止めよっ、斬ってもかまわん!」 「おおっ!」 バラバラと、兵士が飛び込みファルーンへ剣を振り下ろす。 バシーーンッ! 「ぎゃあっ」「うおおっ」 まるで電気が走ったように兵士達は痙攣すると、そのまま後ろへ吹き飛んだ。 「くくく、うふふふ、あはははは!」 先程までのファルーンとは顔つきが変わり、ボロボロとハープを奏でながら立ち上がると大きく目を見開いて、一同を見回した。 「我が手に褒美を取らすと言うたな?」 「何を言うこの魔物め!褒美などあるものか。」 「ならば美しき王女を頂こう!」 「なんとっ」「あ、ああっ!」 ビョウビョウと風に巻かれ、王女の身体がフワリと舞う。そしてファルーンの元へと彼女が降り立つと、ファルーンは一層強くハープを弾いた。 ボロンボロンボロロロロ 「お父様、兄上様!」 「ま、待てっ!貴様何者だ!」 王子がようやく前に出る。 ファルーンは美しい金の髪を風に巻き上げながら、手を離しても鳴り響くハープを天上に掲げ、声を張り上げた。 「我こそは月よりいでし者、大いなる力で国を滅ぼされたくなければ、我に刃向かう事無かれ!」 「サラ王女を返せ!」 騎士達が剣を抜き、風に立ち向かう。 「刃向かうは国を滅ぼすぞ!」 ビュッとファルーンが手を一凪する。 「わあああっ」「ひゃあああ」 バタバタと風になぎ倒され、兵士がひっくり返る。 「無礼な者共よ、ではごきげんよう。」 あざ笑うようにファルーンが美しく微笑んで一礼すると、パッと中央に立つ2人の姿は眩しく輝き、皆の前で光と共に忽然と消え去った。
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