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「ねえねえ、そのリュック何が入ってるの?」
老人が部屋から出るやいなや、アゲヴがこちらに身を乗りだしてきた。少年は慣れない紅茶をぐるぐる混ぜていたが、びっくりしてこぼしそうになった。ごめんごめん、と少女は頭を掻いた。
「あんまり入ってないよ。星を入れようと思ったんだ」
そう言いながら、少しドキドキしている心臓を押さえてリュックの中身を取りだす。お茶が半分残った水筒、少しよれてしまったスケッチブック、先の折れた鉛筆。少しだけ、ゆううつになった。
「へえ、いいじゃん。鉛筆削ってあげよっか? 絵とか、いろんなことを描くのって楽しいよね」
「うん。お姉ちゃんは絵がうまいの?」
「あんまり! でも、描くのが大好きなんだ」
「僕もだよ」
白くて小さな手が器用にナイフで鉛筆を削っていく。小さな木のくずがゴミ箱の中に飛びこんでいく。コトン、と音がして顔を上げると、テーブルの上に白い皿が二つ置かれていて――それぞれ香ばしいクッキーとうさぎ型のりんごが乗っていた。絞って作られた焼き菓子の真ん中には、透明で色鮮やかなレンズのようなものがついている。
「食べてもいい?」
「もちろんだとも」
少年は、かわいらしいクッキーに手を伸ばした……が、横から伸びた手が、取ろうとしていたそれをかすめた。手の主を見ると、できたよ、と自慢げに鉛筆を見せてきた――もぐもぐと口を動かしながら。気を取りなおし、その隣のよく焼けたものを手にとって口に放りこんだ。バターの香るサクサク軽い味わいに、カリっとした食感が混ざった。それは少し固かったが、よく知る甘さがした。
「飴だ!」
「坊や、よくわかったな。ステンドグラスクッキーというんだ……ふむ、このりんごもとても美味しいな。ありがとう」
ばらばらと星の音がする中、もの静かなお茶会はのんびりと進んでいった。
* * *
皿は空っぽになり、ティーポットもずいぶん軽くなった。外の星もその数を減らし、眠りにつく準備を進めているかのようだった。
「ねえ、スケッチブックを見たりさ、一ページだけ、端っこだけでいいから絵を描いたりしてもいい? 駄目だったら駄目! でいいから」
静かな星の音のなか、少女の優しい声がした。
「うん。描いてもいいけど、何を描いてくれるの?」
「ありがと! それはできてからのお楽しみ!」
アゲヴは時折、へぇ、とかいいねぇ、とか言いながらぱらぱらとページをめくり、何も描いていないページの一番奥を開いた。少年や老人の方をチラチラと見ながら、何かをサラサラと描いているようだった。何を描いているんだろう。それはいまの少年にとって、星の正体よりもずっと気になることだった。 しかし、いつも寝ている時間をとっくに過ぎている彼のまぶたは、限界に達していた。リアトラじいさんの暖かな手が、頭を優しくなでた。
「そうだ、坊やにおみやげをあげよう。ここに来る子には、必ず何かをあげるんだ」
「今年は何かな……あ、それいいね!」
壁のほうから何かをゴソゴソ漁る音がする。もうどうしようもなく眠たい少年はなんとなく音の方を見た気がしたが、見ていないかもしれない。ごつごつして大きな手が、小さな彼の手を包みこんだ。星のぬくもりがじんわりと老人の手から伝わってくるのを最後に感じ、小さな客人は目を閉じた。
「今日のこと、忘れないでね。おやすみ」
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