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とんとんとん。階段を登る足音に続き、ギギギ、と苦情を申し立てる床の音。隣の部屋をノックする音に続いて、その部屋から聞こえる大きなくしゃみ。ぼんやりと目をさました少年はもぞもぞと寝返りをうった。今にも二度寝してしまいそうだったが、大きなノックの音が頭に響いた。
「起きて。朝ご飯冷めちゃうわよ」
聞き慣れたお母さんの声。足音が遠ざかり、階段を降りていく音に変わった。そっか、もう朝なんだ……? そうだ、昨日! 少年は我にかえり、布団を蹴っ飛ばした。
隣を見ると、身がわりに突っこんだ毛布の塊。ベッドの脇には昨日のリュック。昨日のことは夢だった? でもどこから? そう思いながらベッドのふちに座ると、手に何かが触れた。思わず振りかえり、ばっ、とそれを取る。
枕元にあったそれは、どうやらしおりらしかった。あの庭に生えていた愛らしい花が押し花になっていて、夜空のように美しい藍色の紙にくっつけてある。その下でゆらりと揺れる、はちみつ色の美しい糸の先には白銀色の星! ……のように見える、美しく磨きあげられた丸い石。手の中の小さな宝物を、少年はうっとりと見つめた。
お腹がぐう、と鳴って我に返った。美味しそうな匂いが朝食へと誘ってくる。不思議な夜のおみやげをリュックの中に隠した――中にはスケッチブックと尖った鉛筆、半分残った水筒だけが入っていて、どれだけ探してももう半分のお茶と真っ赤なりんごは出てこないのだった。そうだ、とスケッチブックを取りだす。ぱらぱら。ページをめくっていくと、とてもきれいな絵が出てきた。
それは、少年と老人と、それから少女の似顔絵だった。絵の中の少年はどこか眠そうで、老人はとても優しそうで、少女はすごく嬉しそうだ。今にも飛びだして来そうな顔の周りを、星やりんごの絵が楽しげに飛びまわっている。
「夢じゃ、なかったんだ……!」
少年はぶるりと震えた。今の彼に鏡を渡せば、あの美しい夜のような目をしていることに気づいただろう。そして、きっとこのあと、朝食を食べたらあの不思議な家を探しに街へ駆けだしていくのだろう。
小さな冒険家は歓声を上げて部屋から飛びだした。
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