星の夜の僕たち

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 その少年は、目を星のように輝かせていた。  年に一度のその日、淡く透き通った夜明けの色が、たとえ昼だろうと体をうんと伸ばして空を支配する。ぼんやりとした薄明かりに満たされた世界には、夜になればクルクル回る無数の星が降ってくる。どの家も戸締りをし、街は星の音だけで満たされるのだ。  通り雨のように空からこぼれ落ちるそれは、子供たちの憧れ。外に出てはいけないよ、と退屈な一日をすごすのだから、なおさらだ。それでも毎年、こっそり外に出る子は必ずいるし、次の日、星を拾ったんだ! と自慢する子が毎年必ず出てくる……たいていは、ただの石ころだが。  橙や、白や、ピンクの、砂糖菓子のようなそれが地面をカラコロ転がっては溶けていくのを、その少年はいつも黙って見ていた。もう寝なさい、とカーテンを閉められるまで……でも今年は違う! おやすみなさい、と言って潜りこんだベッドにもう用はない。 「星の正体を、確かめてやるんだ!」  もう僕は大人だ。少なくとも、学校じゃあ一番年上なんだから。少年は寝床から慎重に抜けだし、自分のぬくもりだけが残っている隙間に毛布を詰め込んだ。  タンスに眠っていた大きなリュックに、水筒と真っ赤なりんごを一つ、スケッチブックと鉛筆を放りこむ。冒険が僕を待っている! 興奮と緊張と、ほんのちょっとの恐怖でリュックの紐を握りしめた。まずは、お父さんとお母さんにばれないようにしなきゃ。  部屋のドアノブを、そうっと、細心の注意をはらって、静かに回す。そのまま、さらに慎重に開けて、ゆっくり、一歩を踏み出す。床がギギギ、と小さく苦情を申し立てた。隣の部屋から、くしゃみの音が聞こえた。ぎくり、バクバク鳴る心臓の音が、震えになって体を這いまわった。ぞわり、逆立った毛もそのままに、クレームの入った箇所から足をのける。  震える息を殺して、部屋の中から出たがらないもう片方の足を、一歩、ゆっくりと引っぱり出す。そのまま、扉の外に全身を呼びだし――背中のしわくちゃな荷物が少し引っかかったが――何事もなかった風に、静かにドアを閉めることに成功した。  ふう、とおでこの汗を少し大げさに拭った。そろり、そろりと足を忍ばせ、廊下を少しずつ渡って、階段にさしかかる。一段、一段、もう一段。一段飛ばしてもう一段…………終わり! 廊下と階段さえ通ってしまえば、あとは僕のものだ。少年はにやりとした。  今にも飛びでていきそうな鼻歌と跳ねる体を閉じこめるように、少しぼろくなった靴を履いた。星降る外からは、雨の日のようにばらばらという音が響いてきていた。傘はいるかな? お気にいりの傘を握りしめてカギを開ける間、少年の頭の中をいろいろなことが駆けめぐった。  ドアを少し開けると、ばらばら降りつづける星のひとかけらが玄関に転がりこんできた。思わず手を伸ばすと、ふわりと優しいぬくもりが指先をくすぐる。しかしそれは一瞬のことで、水色の小さな欠片はあっという間に消えてしまった。  喉元まで来た歓声をぐっと抑え、少年は口元を覆って――傘を持つのも忘れて、外の世界へ飛び出した。こつん、こつんと小さな輝きが体に当たっては地面に転がっていく。両手を揃えて前に出してみると、豆ほどの大きさの暖かな粒がいくつか手のひらの中でくるくると踊ってみせた。 「うわあ……!」  それはほんの数秒で終わってしまい、手の中にはわずかなぬくもりと鮮やかな煙がかすかに残るだけになった。鼻を近づけると、今まで嗅いだことのないうっとりするような香りがする。少年はなんだか嬉しくなってきて、星の故郷をまっすぐな瞳で見上げた。  夜明けが来たかのようにほのかに明るい空を、大きな星が横切っている。橙色や黄金色に、尾を引いて飛ぶそれが色や形を変えるたび、気分屋の夕立のようにバラララ、ザアア、と音を立ててその欠片が降ってきているようだった。  空を照らしながらゆうゆうと飛ぶそれを、少年はしばらくぼんやりと眺めていた。少しずつ遠ざかっていく巨大な彗星はころころと色を変え、それにあわせて降ってくる星の色合いも少しずつ変わっているのであった。あの輝きはどこへ行くのだろう、空から降ってくるこれは何なんだろう。彼の小さな頭の中をぐるぐると疑問が回るたび、星も手招きするようにぐるぐる回る。一歩、また一歩と足が動き、気がつけば体が動いていた。
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