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桜の上と話した日の夜。
本当に突然の出来事だった。
眠ったわらびの身体を揺り動かすものがあった。見覚えのある黒いもや。わらびの名付け親であるもののけ、不知が少女を上から覗き込んでいた。あいかわらず、どこに目鼻があるのかよくわからない姿形をしている。
「どうしたの、不知」
『む……』
不知は近くで眠るふちを気遣ったのだろう、やや声をひそめながら言う。
『実は拾い物をしたのだ』
「拾い物」
わらびは自分を指さした。わらび自身も不知に会って、名前を付けてもらった身だ。わらびも、もののけの拾い物だ。
「いや、わらびではないのだ」
不知はずずっと横にのいた。すると、黒いもやの影にいた白いものが身じろぎする気配がした。
目を凝らしてみると、それはわらびよりずっと小さな幼子だ。まだ年が三つか四つほどに見える。ぼさぼさの髪をした女の子どもだ。
ただ、肌は恐ろしいほどに青白く、右目はどこでもない虚空を見ているようだった。もう片方の目は空洞だ。黒くて、何もない。
わらびを前にしても表情を変えることなく、ただ右手の人差し指をしゃぶっていた。
ああ、そうか。この幼子は……もう化人ではないのだ。
『この子は忌辺野にいたのだ。ただ、何をするわけでもなく、ぼうっと立っておった。昼も、夜も。いつからそうしておったのかはわからぬ。話をしようにも、話そうとせぬ』
わらびは己より小さな少女ににじり寄る。元は貧しい子だったのだろうか、衣はほつれ、ぼろぼろだった。
まるで、忌辺野で目覚めた時の自分のようだとわらびは思っていると、少女はおもむろに右目を押さえ、ゆらりゆらりと頭を振り始めた。
おやいけない、と不知は言う。
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