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魔物の長
サウナによく似た蒸し暑さが意欲を抑えつけていく。肩を下げさせ汗を噴き出させ、歩みを遅くさせる。だがそんな事お構いなしと、目の前の彼はずんずんと進んでいった。
本物の熱帯雨林である事が何より嫌だった。何かを連想させていく。
「まさか…本当に…熱帯雨林だったとは…」
この神父も自分で発した言葉なのにまさか本当にこうなるとはと驚いているようだ。
「ブラッドさ〜ん。まだ〜?」
俺は先行する彼の背中を目で追いながらぼやく様に問いかけてみる。すると彼は振り向き任せてくれ、という視線をこちらに向けてきた。その目を見た俺は安心したのでその足を早めていく。
「あ…多分?」
「かっこいい瞳は何処行ったんだよ!」
どうやら彼も不安らしく、今にも泣き出しそうな瞳に一変していた。その瞳にふあんを感じながらも俺が足を止めることは無かった。
「ここ…ですかね」
俺たちの眼前には半分ほど水に埋まっている洞窟が現れ、それを確認すると不安になりつつ俺はブラッドさんに問いかけてみる。すると彼はうっわぁって声を出しながら、嫌そうに袖を捲くった。
「閉所恐怖症で…水とか嫌いなんですよね…愛え―」
「はい!ストップぅ…なんで来た?」
「え? 魔物一千キル目指してるから?」
「生粋のゲーマーか」
でもどうやら彼は袖を捲くった割になにかためらっている。
「めんどいから魔法使いますね…”トマホーク”」
彼は気怠そうに腕を前に出しながら呪文を唱えると、小さな火の玉が低空飛行をしたまま洞窟の中へ入っていった。それを俺は黙って見ていた。すると数秒後に洞窟内から光が見え、轟音と共に洞窟が爆発に襲われて入り口からその衝撃で津波を巻き起こしながら、爆風が俺に襲いかかった。
それを喰らった俺は意識を深く落としていく。
「勇者様…大丈夫ですか?」
どうやら俺は意識を失っていたらしい。目を開けると、俺を抱きかかえる神父が心配そうに眉を傾けながらこちらを見ていた。
「いえ…大丈夫です…どうなったんですか?」
「勇者様は一回死にました」
「え?まって…俺死んでたん!?味方の魔法で俺死んだん!?なんで教会じゃないの!?」
「…見るも無残な姿に…」
「アンタのせいだけどな!?」
「教会ではないですよ…私が蘇生させましたので」
俺のツッコミを無視するように淡々と説明していくが、その内容に俺は疑問を感じていた。
「今までも…もしかしてブラッドさんが回収してたの?」
「はい」
つまりは俺が死ぬ度に彼は死体を回収して、教会へ連れて帰っていたという事になる。
「それで…魔物の長は…」
「それは…多分生き埋めになったことでしょう…あれじゃ骨も残ってませんよ」
フラグ臭香ってくるけど大丈夫か?
「貴様ら!私を魔王親衛隊所属と心得てこの仕打ちか!普通さ!ボスキャラに会おうともしないで倒そうと思わないよ?逆に凄いよ?入り口からさ攻撃してくるなんて考えないよ?どしたの?バカなの?」
その声がする方へ顔を向けると…そこには煙のような靄が居るだけだ。
「”凍てつく息吹”」
「ギャッ…」
その煙もブラッドさんの凍てつく息吹を喰らって活動を停止してしまう。
「いや…あれで終わりなんだ…」
どうやら先ほどの煙が魔物の長らしく、一撃で屠ってしまったようで、ご満悦のブラッドさんは俺を抱きかかえたまま森を歩いた。
「えーでは街の周りに蔓延る魔物達を撤退させた勇者様と神父さんに拍手!か〜ら〜の?カンパーイ!」
街の周りに魔物はもう出現することが無くなった。その事を知った住人達は俺へ感謝の言葉を送った。だが本来感謝すべきなのはこの神父さんの方だ。それにも関わらず神父さんは
「勇者様のお陰で勝つことが出来ました。命を張ってまでも戦ってくれた勇者様に皆さん感謝を!」
という感じで全ての功績を俺に譲り、静かに宴を楽しんでいた。
「ブラッドさん…なぜ俺がアイツを倒したことにしたんですか?実際はブラッドさんが…」
「いえ…私は事実を言ったまでですよ?命を張って戦ってくれたじゃないですか」
「うん…アンタに殺されたんだけどね?…でも…ありがとうございます」
感謝の言葉を聞いた神父は嬉しそうにいつも通り目を細めるとピッチャーで入っている地獄のスピリタスを流し込んだ。
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