1人が本棚に入れています
本棚に追加
刈るぜインフル怨嗟
芹華は、三十数年間の人生を流行とは無縁で生きてきた。
ましてやリア充とか恋愛脳と昨今呼ばれるような中高大学時代はほとんど記憶にないくらい風のように過ぎ去った。
だから、まさか保健室の先生みたいティーン(10代)のお悩み相談を受ける立場になろうとは、これまでの人生で想像だにしていなかった。
フクロウ先生がいうには、10代のほとんどが害悪的インフルエンサーだということだ。
だから、まずはティーンに正しい情報を伝えるためにSNSのサイトを構築するようにと言われた。流行は移り代わりが激しいと言われるが、大人のファッション業界のような読みがたいモードなどが中高生にあるわけではない。彼のアドバイス通りに、中高生の流行のまとめサイトを作り、インスタグラムというフォトサイト(写真を加工して発表するもの)でも、正しい流行??について発信を行うようにした。YouTubeの動画の方も元々小物や流行りものを紹介するコンセプトであったため、それを若者向けに絞ることは容易かった。
それでも、若者の心をつかめている実感があるかといえばそうでもなかった。1か月もしたら、YouTubeの登録者数は3万人になり、インスタグラムの登録者も1万人を超えた。かといって、上には上がたくさんいる。フクロウ先生のアドバイスにしたがって、リプ返(コメント欄の書き込みに対して返答を書くこと)は、ほとんどしないようにしており、時には辛辣な書き込みもあるので、返信しなくていいことを言い訳に、コメント欄などほぼ見ないようにもしていた。芹華が発信する情報などはほとんど誰かが調べた借りものだ。まとめサイトを作るのには3日も要したが、それぞれの元情報の発信主からしてみれば、それらを調べたり発信したりするにはもっと時間がかかっただろう。どんなに労力がかかっていようと、まとめサイトが”ただまとめただけ”と揶揄される理由が芹華は初めて分かった気がした。それでも、何かのとっかかりから調べたい人間にとっては、まとめサイトが有用であることは言うまでもない。
そのまとめサイトを辿って、芹華のブログには中高大学生と思しき若者から、質問が来るようになった。その中の一人と直接やりとりをするようにアドバイスをしてくれたのは、やはりフクロウ先生だった。しかし、芹華は、今やそのアドバイスに乗ったことを大いに後悔していた。
ゆ―先輩に直接告白しに行きたいんだけど、どう思う?
せ―コロナ(2019年末から流行り始めた中国の武漢を発祥とされる疫病COVID-19新型コロナの通称)で学校も休みなんでしょう?やめた方がいいんじゃない?
ゆーでも、一人でいくし。家に直接言って告白するのが流行ってる
せー本当にそれが流行ってるの?友達がそんな風に告白してたら止めないの?
ゆーよその学校のテニス部の子が・・・あたしもテニス部なんだけど、告白をTik Tokにあげててちょー可愛かった!見てみて、チョーかわいいでしょ
芹華は別に見たくもなかったし、見てもそんなにチョー可愛いとは思わなかった。おまけにその動画が可愛いからと言って、可愛いの最後にいちいち泣いている絵文字を付けてくる心理もわからない。フクロウ先生からは、なるべくなんでも正直な気持ちを言うようにと言われているが、あんまり厳しく言って本当に泣かれてしまっても困ると考えていた。コンタクト切るのは、なるべく向こうから、そうなるように仕向けなさい、というのがフクロウ先生の第2のアドバイスでもあり、それを守ろうとすれば、「コロナで友達にも会えない状況で突撃で相手の家に告白に行くなんてやめとけ」なんて一言でばっさり切り捨てることも最後の手段としてしかできない。
せー可愛いのはいいけど、このあとうまくいったの?ゆるなもTik Tokに告白動画を投稿するつもりなの?それって相手に迷惑かかるんじゃないの?
芹華がラインチャットで話している相手は、ゆるなと名乗る高校2年生の女の子だ。芹華が本名のSERIKAでハンドルネームを付けているので、そっちが芹華ならとその名前にしたらしい。素直にユリカとしないあたりが今どきなのか、彼女の趣味なのかはよくわからない。
ゆー別に相手の顔なんてあげないよ?もちろんうまくいったらじゃん。てか、自分で動画撮りながら告白とか間抜けだよね。でも撮ってくる友達もいないしさあ。てか、告白する勇気がそもそも出ないんだけどさ。
告白する勇気がない人間がいきなりその人生初の告白でカメラを回そうなんて正気だろうか。そもそも告白自体が冗談なのか。こんな話に芹華はもう3日もつきあっている。話すのは毎回1時間までと決めているが、何日間とは決めていない。今告白して付き合ったところで、世の中はひどい疫病の流行で学校も長期休校になるくらいひどい状況だ。外出自粛の4文字がまるでお経のようにニュースに流れているのに、今付き合ったところで、会うこともままならないだろう。そんな常識を説いたところで、告白したいという熱望が高まっているゆるなにはそれこそ馬に念仏状態だ。それなら、いっそもう告白すればと芹華が呆れて言ってしまったのが今日だった。今はSNSやメールでも告白や交際のやり取りもできる。告白だけなら、古典的な電話や手紙だっていいのである。
せ―本当に付き合いたいと思ってる?
精神的なつながりだけでいいのなら、手紙や電話やメールだけでも交際は続けられるかもしれない。ゆるなが高校2年生で相手が高校3年生というのが気になるところだが、告白されて相手が後はどうするかだ。どうせ、自由には会えないのだから。もし、付き合うことになって2人が自由に会うようになったら、手に負えない。ネットでのやり取りでは止めようがない。
ゆー気持ちを伝えたいの!今年で卒業しちゃうし、タイミング逃したら受験じゃん。
せーそれは分かっているのね。ならさ、まずは好感度を高めることからやってみたら?いきなり告白じゃなくてさ。
芹華は早くこの話を終わらせたい一心だった。ゆるながそれなりに真剣に悩んでいるのは分かるが、まさか3日も付き合う予定ではなかった。ゆるなとの話が終わったら、仕事が・・・いや、お愉しみがたくさん待っているのだ。
ゆー会えないのに、そんなことできないじゃん。
せーできるよ!今は誰とでも”つながり”がある世の中なんだよ。部活のグループLINEで実際つながってるでしょ?今、コロナで外出自粛中だからさ!こういうときに役に立つことをするんだよ?
芹華はその場の思い付きで適当に請け負ったが、その場でみるみる構想が湧き上がってきた。そんな自分に薄暗い部屋の中で、小さな卓上ライトにとPC画面の明かりに顔を照らされながらにんまりと薄気味悪くほくそ笑んでしまった。
(多少、ゆるなとの話が延びても仕方ない。その代わりにこれで、あと数日のすれば、私は解放されて思う存分SNSのお庭で遊ぶことができるんだから!)
すでに自由になったような気持ちがして、芹華は大きく伸びをした。
結論を言えば、ゆるなから解放されることはできなかった。しかし、悩み相談は、1週間で解散した。
芹華が解散したのは、SNSを使って、たとえ部活がなくても部活の活動ができるように部に提案してみるのはどうだろうということだった。どんなことができるか、以下のリストをゆるなと作った。
【○○高校テニス部自宅活動計画】
・部活のアルバムを作る(更新していく)
・自宅のトレーニングメニューをみんなで考えて作り、やれたかやれなかったかLINE報告しあう
・糖質制限をして美ボディを目指す
・学習報告をする
※以上のことを、部活動の顧問の管理の下、保護者の許可を得たうえで行う
以上のことは、おおむね全部数日のうちに実行できた。ゆるなはアルバムは動画じゃないと嫌だ(そもそも部活動中、部活の試合中にスマホで写真を取れていることが不思議だが、まじめな子は保護者の人に写真を提供してもらったようだ)と言い張って、それにはまってしまい、なかなか芹華と話す時間がとれないとぼやいて(芹華がLINE通話をつなぎっぱなしで何かするのは絶対ダメだと言い含めた)いたが、芹華としては、連絡が減って、大助かりだった。
自宅でのトレーニングについては、運動中の動画をLINEにあげることは禁じられてしまったようで、悔しがっていたが、最近になって写真はゆるなの熱意によって許可が下りたようで、本人はいたく喜んでいた。驚いたことにゆるなは高校から始めたテニスはへたくそだが、勉強の成績はそこそこよかったらしく、学校で促進されている部活LINEの方がみんなが参考にしてくれるというので張り合いがあると言って、勉強のノートまとめに日夜取り組んでいるようだ。特に数学が好きらしい。ノートの画像を送ってもらってみた時には、絵も字もとても綺麗で声だけ聴いた印象では、人は分からないものだと芹華も驚いた。糖質制限については、自粛生活でみんな家でお菓子ばっかり食べるようになったという話から、1日の砂糖の摂取量を25gにできるようにしていこうと芹華が提案した。どこかのネット情報で、糖質は大体それくらいに抑えるべきだという話を見たのだ。まあ、要するにダイエットなのだが、甘いものを多量に摂取すると集中力がなくなるし、お菓子の量も減れば家計が助かると大人の方でも賛成されたというのは意外だった。芹華はただ、ゆるなが毎日お菓子ばっかり食べて太ってさあという話を恋愛相談に混ぜてぐちぐち言ってきていたので、その話が出なくなるように先手を打っただけだ。写真を送ってくるのは丁重にお断りしたが(親にも掛け合って、なんなら手紙を送りたいと言われた)、そのお母さんから突然LINEで電話が来た時には芹華も驚いてしまった。
「高校に入ってからずっと学校もさぼり気味で、家でパソコンとスマホばかりいじって取り上げようと話していたところだったんです。しかも、SNSで部活のお友達の悪口を書いていると苦情が来ていて、親の私も部活の顧問の先生も信じてしまって、みんなに謝罪までしたことがあったんですよ。でも、実は、それは誤解で、別の子の仕業だったんです。私もその先生もSNSなんて疎いから、あの子も何も言いませんでしたし・・・。今は、早く学校が始まってみんなに会いたいなんて言ってるんですよ・・・ほんっ・・・と・・・にありがとうございますうううううう」
電話越しで号泣され、そんあことになっていたのかと芹華はまた驚いたが、すぐに納得できた。芹華がブログで始めた「心の相談室」は10代をターゲットにしたものの、おそらく本当に10代は芹華だけで、1か月たっても20代以上と思しき人の相談しかなかったからだ。いろいろとアドバイスしてくれたフクロウせんせいだったが、ブログのターゲットについては、あまり縛られなくていいと言っていたので、まだまだ試行錯誤の最中だったのかもしれない。そもそもインスタグラムやツイッターやTikTokといった短い言葉や短い動画や画像の貼り付けで済むツールと違い、ブログは文章が必要となるので、あまり若年層向きではないのかもしれない。それに気づいたゆるなはツウというか、意外に精神年齢が大人だったということなのだろう。悪口の書き込みをゆるなのせいにしていた女子たちは謝ってきたそうで、それをゆるなは寛大にも許してあげた。
ゆ―わたし、えらくない?えらくない?
と聞いてきた文面からは、かわいらしくはじけた画像の絵文字に反して落ち着いた声音の10代女子の姿が見えるようだった。
そんな悩める乙女からSNSを使いこなす大人女子なりかけ(本人談)に成長したゆるなは、先輩への告白には急速に興味を失ったようであった。むしろ先輩からは匂わせ(話を聞いた芹華にはそれはほぼ告白に思えたが)があるようだが、ゆるなは今部活や勉強で忙しいのでそれに構っていられないというのを聞いた時には、芹華も心底ほっとした。
家に突撃して告白しようとしていた人間が、大人になったものである。
ということで、ゆるなのことが一件落着し、芹華は今我が世の春を謳歌している。
(とうとう!とうとうよ!)
芹華のこの2か月の努力が実を結び、件の「日本IT村」からの招待メールが届いたのである。
YouTube,Twitter,Instagram,Facebook,TikTok,~Blog,~radio・・・etc...
横文字ツールを毎日それなりのクオリティ(質)を保って続けることは、これまでの人生で何事も続かなかった芹華にとって並々ならぬことだった。とある原動力となるものがなければ、到底続かなかったことであろう。
お金?いや、そんなものではない。
それは、フクロウ先生がちょっとだけ期待していてくれていた、インフルエンサー狩りである。これが、すこぶる楽しかったといえば、芹華の性格の悪さが分かろうというものだ。
いわく、インフルエンサーなるものはナ・ン・デ・ア・ロ・ウ・カ?
それを考えるいただく前に、以下の流行り歌をご確認いただきたい。
【ある日のネット渋谷仮想幻想掲示板より】
なんのこっちゃなんのこっちゃ、よい・よい・よい・よい
新型コロナってなんのこっちゃ、よい・よい
お上の頭上に輝く冠か?アバターのティアラの名前かな?
いやいや天のかみさんの怒りの炎よ
何のこっちゃなんのこっちゃ、よい・よい・よい・よい
緊急事態ってなんのこっちゃ、よいよい
死出の準備に出かけることか?思い残しはないかしら?
いやいやてーへんだからさ、今のうちよ
この世の愉しみしつくして、みんなであの世にいこかいな
GOTOGOTO(ゴートゥーゴートゥー)Orinpics
GOTOGOTO(ゴートゥーゴートゥー)travelよ
同じ土俵で並べてみねえ、汗と涙はこの世の愉しみちゃ無縁のことよ
今はGOTOGOTO(ゴートゥーゴートゥー)travelよ
てーへんだ、てーへんだ、GOGO(轟轟)燃えてる
うちの家計は火の車
お上の家計も火の車
GOTOGOTO(ゴートゥーゴートゥー)StayHomeStayHome(ステイホームステイホーム)
あっち向いてこっち向いてホイホイホイ!
なんのこっちゃなんのこっちゃ、よい・よい・よい・よい
良い子だ良い子だねんねこよ!国会でねんねこ、ねんねこよ!
老いてはお上は役人にとって代わられねんねこよ
天下の小僧が爺と婆を寝かしつけ
あの世にゆけよと揺り籠ゆする
GOTOGOTO(ゴートゥーゴートゥー)StayHomeStayHome(ステイホームステイホーム)
イベントわっしょい、ぴえんこえてぱおん!
フレーフレーフレアだよー
火事だー火事だー火事だって、誰も聞く耳ありゃしねえ
しねえ、しねえ、ありゃしねえ、幻聴だってばそれだって
てめえ一人の命なんざ誰も気になんざとめてやしねえ
てめえ一人が寝ていても誰も気になんざとめてやしねえ
ねんねこねんねこねんねこよ、やさしい世界でねんねこよ
大きくおなりよ、ねんねこよ
眠れる小僧が目覚める時にゃコロナワクチン完成さ
なんのこっちゃなんのこっちゃ、よい・よい・よい・よい
お上がなにをしようとも、お天道様はまぶしくのぼるよ
あーあー、あーあー、目がやけらあ
うちの家計は火の車
お上の家計も火の車
GOTOGOTO(ゴートゥーゴートゥー)StayHomeStayHome(ステイホームステイホーム)
あっち向いてこっち向いてホイホイホイ!
この歌の何が良かったのか、わざわざ自前で曲がつけてあるところしか、芹華としては評価しようがない。
ただネットでこれを見つけたときリズムの悪さが中身の気持ち悪さとマッチしている上、なんとなく詩の考え方は共感できる気がしたので、自分のSNSツールのテーマソングにでもしようとわざわざ作者に連絡してこの曲を買い取ったのである。小金が入ったところだったので、芹華にひしては大枚の5万円も支払ったら、ボーカルなしバージョンの音源やBGMに使いやすい用挿入用に編曲したものまで送ってきてくれたのは嬉しかった。
どこのだれが見つけたのか、それから2週間後にはTwitterのトレンドの末席にこの曲が名を連ね、誰が呼んだか名前の無かったこの曲は「コロナ歌」と密かに呼ばれるようになった。
このことが芹華の活動の後押しとなり、インフルエンサー狩り活動にまで発展することになったのだ。
曰く、予言ビジネスって知っていますか?
これから起こることを正しく予言出来れば、正しくないインフルエンサーは狩れるのである。
こんな当たり前のことに気づいたのは最近になってからだが、十分に資金が貯まってから日本IT村のご招待に預かったのは、芹華にとって幸運だったかもしれない。
芹華は子どもの頃から変なところで見栄っ張りでいじっぱりだ、たとえ、その村に招待されたなら100万円プレゼントするとフクロウ先生に事前に言われていたとしても、金の無心など到底する気にはなれなかっただろう。
「ねえ、あなた最近こっちに寄り付かないけど何をしてるの」
「派遣のリモートワーク。このコロナ禍だけど、結構給料いいのよ。月10万入るから家賃が無ければ十分生活出来るって言ったでしょ。仕事に応じて手当ても出るからそっちは家に入れるわ」
「いいわよ。結婚資金に取っておいてくれたら。ご飯くらいたまには取りに来なさいよ。毎日別に作るのはお金の無駄よ」
芹華は母の言葉に神妙にうなづいた。
派遣のリモートワークなるものが本当にあるかは知らなかった。ただ、収入は先月から母に伝えた4〜5倍ほど入っている。ただ、それまでの貯金が心許ないので、自信を持って家にお金を入れられるかわからなかった。それに30過ぎてSNSで副業し始めたなんて言っても心配をかけるに違いない。
母達が活動する昼間はぐうたら寝て過ごし、夕飯過ぎの時間からこっそり離れで活動を始めるのが、ここ数ヶ月の芹華のスタイルだ。真っ赤な夕日の差し込んでくると、自分の時間が始まったような気がして、にっこり笑う30過ぎた独身女なんて怪しいことこの上ない。
さて、話を戻すと、預言とは何かというと曖昧なアドバイスのようなものだと思っている。
たとえば、新しく付き合った彼とうまくいくかどうか尋ねられた時に、友人の場合はうまくいきそうもないと思っていても応援のメッセージを送るのが常であろう。しかし、ネットの匿名の相手であれば、”その彼氏は必ず浮気する””もっと気になる人が1年以内に現れる”などといった見解をはっきり述べられるのである。もちろん、”浮気はされるだろうが、別れない方がいい”などと言った忠告を送ることも自由だ。
これがたとえば、恋愛ではなくてSNSで紹介されている流行の商品やお店であったら、どうだろうか。
3日前には、パンダというハンドルネームの女性からこんな相談が持ち掛けられた
パーSERIKAさんって、私と同県にお住まいですよね。今月、3日間くらいうちを留守にするんですけど、うちのポッピーを預かってもらったりできますか。すごく動物好きみたいだし。あ、もちろん、報酬はお支払いしますよ。
ポッピーというのはパンダさんが飼っているマンチカン種の猫である。パンダさんは、芹華のブログの読者であると同時に、芹華よりランキング上位のブロガーであった。100均の商品についての紹介が多いが、そこに時折かわいい子猫の写真が写りこんでいた。ブログのレイアウトはとてもかわいらしく、タイトルもつい見てしまうような秀逸なもので、コピーライターみたいな人だと芹華は少し感心していた。
しかし、そんな多少の尊敬も初めてのやり取りで、こんなことを頼まれたらすっかりしぼんでしまう。
芹華は、それでもすぐに断ってしまうことはせず、慎重に探りをいれた。
せーあーーー!ポッピーちゃん・・・いつもかわいいって思ってみてたんですよー!まだ、子猫ですよね?
パーもう1歳(^^♪この間、ブログに1歳のお祝いの様子をあげたよー(^_-)-☆
せーほんとだあ。かわいい。ペット用ケーキってやつですか?人間も食べられそうなくらい美味しそう!
芹華は特にペット用の豪華なケーキに興味はなかったが、わざわざブログ記事を確認して褒めるとどこの店の商品なのかパンダさんが詳しく教えてくれた。味なども教えてくれたので、え?もしかして、本当に人間も食べた?と疑問に思ったが、追及はしなかった。
ひとしきり雑談に興じたあと、パンダさんは強引にポッピーの預け日についてログ(会話記録)を送ってきた。〇日に○○駅で受け渡すなどと言ってきたが、もちろん芹華は了承した覚えがない。今現在している仕事(小遣い稼ぎ)について母達に何にも伝えていないのに、突然犬を連れてきても説明できない。
しかし、そんな個人的な事情を説明するわけにもいかないので、芹華は会話の途中から探し始めていたペットホテルの情報をパンダさんに提示した。
せー○○駅かあ。なら、すぐそばに確かペットホテルがありますよ。結構料金もお安いし、トリミングも爪切りもできるんです。
文章だと相手の反応で探りを入れられないのが、困りものである。自然な流れにできず、あまりに直球で提案しすぎてしまったかと反省もあったが、預かる気がないのだから、こういう提案をするしかなかった。
パーペットホテルかあ!?うちの子お留守番自体そんなにしたことないからなあ!?
せーそれなら、なおのこと最初はプロにお任せした方がいいんじゃないですか?
はっきりと本音で書いてしまうと、それ以上リプライ(返信)はなかった。やれやれと、芹華は夕日が差し込む薄暗い離れの中でぐうっと伸びをした。
会社勤めの人間であれば仕事を終える時間帯(あまりそうでない職種も多そう)だが、夕方にSNSに来ているコメントにあらかた返信を返すと、これからが芹華の本格的な活層時間だ。いつもなら、いきなりブログの作成と撮りためた動画をYouTubeに投稿するところだが、母に心配をかけたので、せっかくなら一緒に食事をとりに家の中に入ることにした。風呂も昨日、一昨日と入っていなかったので、ついでにシャワーを浴びてくると感じていた目のしょぼしょぼも取れたようでさっぱりした。1日10時間以上PCとスマホをいじり、風呂は3日に一度、外に買い物に出かけることはここ数か月はコンビニ以外一度もしていなかった。ほとんど引きこもりに近い花の盛りを過ぎた女の枯れた生活にみえるが、芹華のこれまでの人生の中ではもっとも充実した時間である。
昨日に書いた、○○で全国販売されているタピオカドリンクが飲みきれなかったという記事の反響がよかったので、今日も料理記事を書くことにした。ネタ元は母である。高血圧予防のため、食塩を制限したいのでこれまで買ってきた鯖缶の味噌煮を水煮に変えた。ただ、母はやせ型でどちらかというとカロリー不足である。サバ缶ダイエットなどの本を見たことがあるが、高カロリーなのにダイエットできるという理由もよく理解できなかったという素直な話を書いた。大事なのは献立で、毎日サバ缶を食べると胸やけしそうなので、どうやって鯖缶でダイエットするのかも芹華には疑問であった。そんな話から、鯖缶がいつごろ生まれたかとか、日本にどのくらいメーカーがあるのかとか話が広がっていき、ブログを書くのに2時間かかった。ツイッターやインスタグラムにはフクロウ線背にSNSツールとしてはじめにもらった多肉植物の写真を乗せ、Tik Tokは昨日ニュースで中国のアプリで情報が漏洩しているなどの問題が取りざたされていたので、アカウントを削除した。フクロウ先生に念のため相談したが、どちらでも構わないという判断だった。個人情報が漏れたとしても後ろ暗いことをしていないのなら、特に困らないだろうというのが、フクロウ先生の判断だった。しかし、何となく芹華は気持ちが悪かったので、1日待ってやはり削除してしまった。やることが一つ減ったので、気持ちとしては楽だった。そもそもTik Tokは、芹華がもっともなじめないツールの一つでいつもネタに困っていたが、何となく義務的に続けてしまっていた。それがなくなると、気持ちとしてはせいせいした。
ツイッターとインスタグラムでが個人的にしりとりネタというものをやっていて、それなりに好評だ。フクロウ先生に忠告されていた通り、100人以下の時にはまだ”いいね”を返せたが、フォロワーが100人を超えたあたりから、すべて目を通すことが困難になった。そこでしりとりでコメントして、しりとりを返してくれる人にだけさらにコメントを返すようにしたのである。フォロワーが数百人くらいであれば、SNS上でそんなに人気者ということもないので、毎日続けて返してくれる人はほんの数人だ。その数人もまめだなあとおもうが、何となく心がほっこりして落ち着くのも事実だった。
そして、その中の一人から件の「日本IT村」への招待を受けたのだ。相手の素性を探ることはしなかった。招待してくれたフォロワーさんは”へなへな”さん(芹華の予想ではガーデニングが趣味の40代女性)といい、会員制の交流サイトだと説明を受けた。
へーだれかの招待がないと入れないところだけど、SERIKAさんは信用できそうだから。招待を受けた人には必ずサイトから10万ポイント支給されるから、それで自由に買い物ができるわよ。
まるで得するネットショップサイトのように気楽な文面を送られたが、フクロウ先生に事前に聞かされていた村からの招待に芹華は子供の頃を思いだすような胸のときめきを覚えた。その興奮を相手に悟られないよう、芹華は慎重に返事を返した。
せーそれってあとからポイント代金を請求されるとか、年会費がかかるとかじゃないんですか?
へーそういう心配をされて当然だと思うけど、そんなことはないわよ。日本の有志で作ったオール日本の信用第一のショップっていったところかしら。SERIKAさんなら心配ないと思うけど、招待した人間はされた人間をいつでも退会させられるのよ。ただ、その処分の通知が3日前に届くから、退会処分になる前に不当だと思う場合は運営者に申し出ることができるんだけどね。利用規約とかは特に細かいのはないから、まず入って利用してもらうのが早いと思うんだけど。
文面だけ見れば、なかなか怪しい話ではある。しかし、事前にフクロウ先生からあまり期待をかけられていなかっただけに、その招待を受けた時には芹華は誇らしさで胸がいっぱいだった。多少怪しかろうがすぐさま飛びつきたい気持ちでいっぱいで、それを相手に悟られまいとその招待メールを開くのを翌日まで我慢した。元々芹華はフクロウ先生の怪しい取引でサイトを譲り受けた人間だ。子どものころから怖がりの割に、好奇心に負けて行動することが多かった。
「日本IT村」は、登録しみればごく普通のショッピングサイトにSNSの交流機能が追加されているという平凡な印象を当初は受けた。芹華もあまりに期待して構えていたせいで、はじめの1週間はへなへなさん以外との交流もなく、買い物のしなかった。以前と同じく、SNSサイトを回す生活を送り、それが動いたのが、村での桶組との出会いだった。
芹華もいつまでも物珍し気に眺めているだけでは、事態は動かないとわかっていた。フクロウ先生が芹華に何を期待しているかはわからなかったが、何かを期待されていることはひしひしと感じていた。芹華の生活を動かしてくれた恩人に報いたい気持ちは大きかったが、下手に動いて失望されることも怖かった。
”桶(おけ)”とは了承の意味のOKから派生させて芹華が作った造語だった。”もう眠いけど、桶”、”このあと予定があるけど、何とか桶”、”どうしてもっていうなら、桶ですよ”などの使い方をしており、最初はただの打ち間違いだったが、次第に「気乗りはしないが、了承する」というニュアンスで使うようになった。それを真似て使う人のことを芹華は『桶組』と呼んでいた。SNS上でそれを使う人は、これまでSERIKAと交流があった人か交流のある人と交流したかネット上で接触して使うようになった人に違いない。何か商品やら考え方やらを流行させたわけでもなく、ただの言葉遊びが静かに浸透するのを見ていると、これが自分の目指すところだろうかと疑問もわくが、自分がインフルエンサーとしての一端を担ったようで、芹華は暗い喜びを感じないでもなかった。
きょー福袋の中身をみたいんですか?どうしてもっていうなら、桶ですよ・・・。
村では支給された10万ポイントとは別に初回買い物限定で使える5000ポイント商品券がついてきた。この5000ポイントは、10万ポイントとは違って使用しなければ1か月で失効するので、とにかく使うに越したことがなかった。
芹華は当初このポイントをポイントサイトなどの100ポイント1円分と同じように考えていたが、実質現実社会の10万5千円だと村でネット村民登録した3日後に気づき心底驚いた。
現実社会では、現在新型コロナウィルスによる疫病が猛威を振るい経済が委縮する中、全国民に日本政府から10万円が税金によって支給された。各地方自治体によっては、追加で商品券などを5千円分配ったことろもある。ネット村民になった人間は、その地上の10万円と地下社会の10万円とおよそ20万円手にしたということだ。芹華のようなアルバイトで食いつないできた人間からすれば諸々の税金を差し引いてもこれまでの1か月分の手取りより大きい額である。
そのお金にすぐさま手を付けなくていいだけの収入が得られるようになった芹華は、使うと決めた商品券ですら優柔不断のため使い途をなかなかきめられなかった。考えた末、母が好きな海産物であれば、最近値が落ちていてネットで安かったといえば言い訳もたつだろうと購入を決めたが、何せ村での初めての買い物だったので疑いが先に立ち、つい福袋の中身を尋ねてしまったのだ。
不況で高級食材が売れないので、値下げしてまとめて郵送して売るというのは、最近ネット上でよく見かける手法である。そんなに危ない?こともないはずだったが、他に店の(中の)人に聞くべきことも思いつかなかった。
せーもしかして、きょんきょんさんって魚をさばくのが好きなきょんきょんさんですか?私、日常ブログのSERIKAって言ったらわかりますか?
思いがけない桶組との遭遇に芹華が興奮して尋ねると(文面で興奮は伝わらなかっただろうが)、それまで面倒くさい客にうんざりしていたきょんきょんの機嫌が文面から伝わるほどよくなった。
きょー焼酎のコーヒー割を教えてくれたSERIKAさんですか?わああ、偶然。そうですよ。きょんきょんです。
そこからは、チャット(会話)のラリーが続いた。聞けば、きょんきょんは漁師の娘で(おそらく20代くらい?)ある日、突然「日本IT村」からネット上で鮮魚店を営まないかという誘いがきたらしい。それまでも両親を手伝ってネットで鮮魚の販売をしていたが、売り上げは芳しくなかった。人と会う手続きがないのが不安ではあったが、結局その手軽さから誘いを受けたということだ。そうれがちょうど2か月前ということだから、村民としてきょんきょんの方が芹華より1か月先輩ということになる。いろいろと村について教えてほしいというと、わかる範囲でならと快く引き受けてくれた。
高級食材の値が下がってはいるものの売り上げはそこそこ好調だそうだ。もちろん福袋の中身も快く教えてくれて、クエ(九州でいうアラという魚)1キロとサザエをいくつかとウニをいくつか詰め合わせると言われた。魚の値段などよく知らないので、届いたときにそれを見た母に「絶対5千円で買えたはずがない」と言われた。きっとサービスしてくれたのだろうが、なぜサービスしてもらえたのかは母に言えなかったので、芹華も説明に窮した。
そのきょんきょんからは、多肉植物に詳しい村の花屋やゲームの趣味が合いそうな村民を紹介してもらい、それからの村生活は非常に楽しくなった。あまりに楽しくて買い物することを忘れてポイントを放置していたら、1か月後には1000ポイントのおまけがついた。驚いてフクロウ先生やきょんきょんに芹華は訊ねてみたが、2人とも理由は知らなかった。村のお知らせにも特に何も書いてなかった。きょんきょんはそんなことなら、自分も使わずにとっておけばよかったと悔しがっていた。もらって1週間できょんきょんの方は村で使い果たしてしまったらしい。しかし、ためしに10万円一気に課金してみたらやはり10万千ポイントになったと言って喜んでいた。
きょーわたしはすぐに使いたくなっちゃうから無理だけど、ポイントはおばけが出るまで取っておいた方がいいです。
せーおばけ?
きょー私も1回しか遭ったことがないんですけど、ある日突然メッセージが届くんです。それがこの村のいろいろなお店とかのお得情報なんですけど、
そこまで聞いた時には、村の運営から届くお知らせみたいなものかと芹華は思っていた。村で2か月以上も過ごしていると感覚も麻痺していて、この村が日本政府の関与によって作られたサイトであるという疑惑をすっかり忘れ果てて
きょんきょんの最後の言葉に、芹華はぞくりと背筋が寒くなった。思わず今日も乗せていた膝の上の猫をぎゅっと抱きしめると、毎度のごとく嫌そうにニャーと一声鳴いた。それでも膝から降りないあたり、なかなか忠義な猫である。
きょーでも、おすすめされたショップの服とか本当に私好みで、それもちょっと怖かったけど、何より、村の婚活サイトに登録したら、また10万ポイントもらえたんですよ!
せー婚活サイト?
芹華は思わず顔をしかめた。若き日の過ちとして、過去にうっかりネットで婚活サイトに資料請求してみたら、しつこい電話勧誘にあって辟易したことがあったからだ。しかし、それだって、会員登録にはむしろ数十万円お金を払わなければならないというもので、ポイント還元くらいはあるが無料でそんな多額のポイントまでくれるというのはネット上で見たことがなかった。良ければ一緒に登録してみないか、ネット上の見合いなど気楽なものだときょんきょんに誘われたが、芹華はその日了承の返事をしなかった。
ところが、翌日には”桶(おけ)”の返事をしぶしぶながら送った。あまりに胡散臭い話なので、フクロウ先生に話したら、その婚活サイトに必ず登録するよう厳命されたからだ。
フーおそらくないでしょうが、もし金銭を要求されるようなことがあったら、私が対処しますから。
せー対処?フクロウ先生は村を運営する側の関係者か何かなんですか。
フーいえ、まあ、私も実は村民ですから、代わりにお金を払ってもいいと言いたかっただけですよ。
フクロウ先生が村民だったというのなら、誰かからの招待など待たず、芹華を直接村に紹介すればよかっただけであろう。それとも、芹華が優良なネット住民に育つようにあえて誘わなかったのか。そもそも”対処”という言葉は、代わりに金銭を支払うという意味には受け取れなかったが、もはや芹華はフクロウ先生に全幅の信頼を寄せていたので、何も追及はしなかった。自分の運命を動かしてくれた人物の駒として、動いても構わないと思っていた。
そして、芹華がきょんきょんに誘われて「幸せ倶楽部♣」(いかにも胡散臭い名前である)に登録した翌日、全村民に何者かから、「緊急恋愛事態宣言」宣言の通知が届いた。それは奇しくも、地上で2度目の「緊急事態宣言」(移動制限・外出自粛要請)が出されるのではないかと取りざたされた日と同じ日であった。
最初のコメントを投稿しよう!