探せインフル怨嗟

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探せインフル怨嗟

その日、芹華は過去の夢を見た。 契約社員として東京で1年働いて、そこを去った日の記憶だ。 もう2度と東京に戻ることはないかもしれないと、飛行機の窓から地上を見下ろして思っていた。 東京に芹華はお呼びでなかった。芹華も東京で何をしたいという目標ができなかった。旅行に行きたいとも、今後思わないだろう。 芹華は、雲海の隙間から、フィギュアで作られたような精巧に整った街並みを寂しく見下ろしていた。 芹華は久々に夢見が悪かった。なかなかPCやスマホに向かう気になれず、なんとかSNSに目を通してもいいねボタンを押すのが精一杯だ。フクロウ先生と知り合ってからこんなことは初めてで、朝から相談したら、きっとSNS疲れだから今日は休むようにとアドバイスされた。そうしたい気持ちもあったが、気づいたら、今日もブログを更新していた。最近買った圧力鍋で温泉玉子を作ったことについて書いた。これがなかなかちょうどいい湯で時間が決まらないのだ。黄身がトロトロのままの状態を模索していて、、、などといったたわいない話だ。今までの記事と比べると格段に内容が薄く感じたが、更新しないとどうしても気が済まなかった。 最近母たちが住む母屋の方に芹華は、朝ごはんをもらいに行くようになり、早起きになった。今日は特に早く午前3時に目が覚めたので、ブログなど諸々済ませた後、8時に朝食を取りに行った。パジャマ代わりの柔らかい生地のハーフパンツをジーパンに変え、Tシャツを洗いさらしたTシャツに替えるだけだ。髪は何年も自分で適当にしか切ってないので、手櫛で一括りにまとめていた。顔は洗ったり洗わなかったり、コンビニにも行かないとなると、洗濯物を干す時と樹木に水をやる時にしか庭に出ることす、しない。どんどん人目を気にしなくなる様子の娘に母は何を思っているのか、ご飯や税金の支払いについて以外母から小言を言われることもなくなった。 朝ごはんか昼ご飯かわからない午前10時半からのブランチを終えると、やはりすぐにパソコンに向かう気にはなれず新聞を開いた。まだ届くようになって1週間ほどだが、新聞は良い。きちんと社会生活を営んでいる気がする。新聞の他には牛乳とヤクルトを取るようになった。定職につかずパソコンで副業と言っても何をやっているかわからない娘が家に金を入れるのを母が拒むので、せめてもと、それらを定期購入をすることにしたのだ。 テレビを見ると世界的流行を見せている疫病の話ばかりだが、新聞にはいろんな記事が載っている。ちょうど今年5周年を迎えた人気スマホゲームについて特集が組まれていたので、それについてまとめサイトを作ることにした。出来上がってサイトをアップした頃にはすっかり日が暮れていた。 離れを出たのは夕食を取りにいくときだった。そのまま離れに戻らずテレビを見ていた。代替大会はあるものの新型コロナというウィルスによる疫病の世界的大流行(パンデミック)によって子どもたちの夏の大会、体育会系やら文化系やら軒並み中止になってしまったようだ。代替大会を実施する競技もあるようだが、なんとも日本全体寂しい夏になりそうだ、とまるで他所の世界のように芹華は見ていた。ほぼ引きこもり生活の芹華にとって疫病は遠い世界の出来事のようだった。食事の途中でふと時計を見て、芹華は飛び上がった。 「ちょっと、ちゃんと拭いてから行ってよね」 母に言われていい加減に机にこぼした牛乳を拭いたが、悠長にしている場合ではなかった。 芹華は離れに戻ると、ジリジリしながらパソコンが立ち上がるのを待った。 今日はきょんきょんと約束した夏祭り婚活の日であった。夜の19時から約束していたのに、すでに30分も過ぎていた。 画面上の村のシンプルなアイコンを開くと、村は夏祭り仕様になっていた。 画面が黒ベースになっていて、至るところにカラフルな提灯がぶら下がっていた。レゴブロックを組み立てて作ったようなキャラクターの羅列もほとんどがお祭り用の服装に着替えていて、なんだか本当にお祭りの熱気がそこにあるようで、現実世界の祭りに来たような錯覚を覚えた。 友人リストからきょんきょんを見つけると、きょんきょんは今射的場にいることがわかった。 「きょんきょんさん、ごめんなさい」 「あー、待ってたんですよ?途中参加、いいですよね!ほらほらSERIKAさん番号提示して!ここ、後30分だから、やってみて!すっごく面白いんだから」 「えーと12番です」 「はい、それでは、きょんきょんさんの代わりに参加されるということでいいですか?」 「え?」 「簡単ですよ。僕も参加しますから」 あっと思ったときには、見知らぬ男性(キャラ)に手をとられて、銃器を手にしていた(キャラが)。 シュンと画面が切り替わる。 「ようこそ、アクタスペースシップに!君たちを読んだのは、他でもない!増えすぎた宇宙ゴミを掃除してもらいたいんだ。武器の方はこちらで用意させてもらったが、もう手にしているようだね。流石だ。なるべく宇宙ゴミを打ち落としてもらいたい。それでは、健闘を祈る!」 ナイスミドルな低音ボイスのナビゲーションが終わると、真っ暗だった世界に無数の星が瞬いた。 「え?アバターじゃない?!」 唐突な展開に芹華は慌てた。身体は裸のマネキンのような3Dになっているが、隣にいる男性が明らかに生身のような顔になっていた。 「こんにちは。SERIKAさんだよね?いやあ、待ってたんですよ。2体1じゃ格好がつかないから。ここ、あと30分ですから、終わったらイートインでお話ししましょう」 そう声をかけてきたのは、30代くらいの色黒の男性だった。なかなかのイケメンだったが、とりあえず20代前半の若者とかでなくて、芹華はほっとした。 化粧もしてない顔でいきなり2人組のゲームの世界に引っ張り込まれて驚いたが、一緒に入った男性がすぐにゲームを始めてしまったので、少なくともこのゲームを終わらせなければ出られないだろうと芹華は観念した。 見渡して見れば、無数に瞬く星の中に流線上に煌めいて散っていくものがある。そして、その煌めきの中にあるのは、ロマンではなく、現実的な景品だった。 「当たらないみたいですね。何か欲しいのありますか?」 「んー?マウスですかねー」 芹華は濁して答えた。芹華が先程からずっと狙っているのは、実はMacBook Airのノート型パソコンだった。毎日ほぼフル稼働で使っているせいか、せっかくフクロウ先生からもらったパソコンが悲鳴をあげ始めたのだ。さわると妙に熱いし、騙し騙し使ってはいるが、そろそろ限界だ。しかし、フルスペックのデスクトップ型のパソコンなんか買ってしまったら、今までの貯金など全部吹き飛んでしまうからずっと新しく買い替えられないでいた。 そんな事情を会ったばかりの人間にいうわけにもいかず、とはいえ目当てのパソコンに弾は当たりそうもなく、芹華はすぐに飽きて惰性で銃の引き金を引きながら空を見つめていた。すると、奇妙なことに気付いた。少しやりすぎな感じでたくさん浮かんでいる星が文字のように見えたのだ。 (あれは、ゴミ?スペースデブリがネタみたいだからそういう洒落かな?でも、考えてみたら宇宙ゴミが景品なんて、なんかおこぼれに預かっているみたいで、嫌な感じ。そういうことゲームを作る段階で言う人いなかったのかな?) しかし、よくよく目を凝らして見ると、ゴミ以外の文字にも見えるような気がした。それが何か読もうとした時には、ゲームが終わり隣からやったー!という声が聞こえた。 一瞬真っ暗な画面を見た時、芹華は侘しい石蔵の中に1人いる自分に返ったが、画面はすぐに夏祭りの様子に切り替わり、芹華は再び仮想空間の中の住人になった。 「どうだった?どうだった?(意味深)」 「きょんきょんさん、それゲームの内容を聞いているんじゃないよね?そういう話は後でね」 何せパソコン上ではログが残る。芹華は少し興醒めしながら、虹色の甚兵衛を着たアバターに戻ったABAさんに改めて挨拶した。 「ABAさん、ヨルさん、はじめまして、SERIKAです。いきなり遅刻してごめんなさい」 「いいんだよ、それより、さっきの取れたから送っておくよー!いやあ、ギリギリだったんだけどさあ」 ABAさんが言うと同時に、SERIKAの持ち物に+がついた。開けてみると、マウスと一緒に先程SERIKAが欲しがったパソコンが追加されていた。 「えー、なになに?何、もらったの?」 「パソコン・・・」 「えー、参加費1000Pでそれはついてるね」 「参加費がかかったの?もしかして代わりにきょんきょんさん払ってくれた?」 「返さなくていいからねー。私が誘ったんだし。ただ、ポイント分、今度お魚買ってくれたら嬉しいかな」 「わかった。注文するよ」 これは今日明日中に、魚を注文しておこうと芹華は心に決めた。借りは作りたくないし、先程のゲームの余韻か、変な薄気味悪さが頭にこびりついていた。 「ABAさんにも、お礼しないと。ABAさんは、何かお店とかされているんですか?」 「イラストレーターみたいな感じかな?ここのアバターのアイテムとかデザインしていくつか出したことはあるかな?あとは、スタンプとか作って売ったり。SERIKAさんは?」 聞き返されると思ってなかったSERIKAは答えに窮した。この村に来た時にショップ開設の招待を受けたのだが、SNSやブログやYouTubeやらなどで忙しく、結局何もしなかったのだ。現実にもフリーター(ほぼニートに近い)と自分では思っているので、自分が何者なのか肩書を名乗るのが難しかった。 何も返せないで間が空いたところで、きょんきょんがフォローを入れてくれた。 「SERIKAさんは、ここじゃないけど、ブログでお悩み相談室とかやってるんですよー!じつは私も読者で、村ではたまたま知り合ったんです」 ここでも開けばいいんですけどねーときょんきょんが続けてくれ、芹華もそれもいいなあと思った。ただ、2つあると確認の手間が増えることは否めない。芹華はそもそも悩み相談といっても自分自身が大した人物でもないので、好きな読書の延長で他人の人生の物語にあれこれ感想を言っているくらいの気持ちなのだ。あの時こういう展開になればよかったのにねーくらいの気持ちだ。まあ、やっぱりないなと思い直しながら、ヨルさんに声をかけるとヨルさんも何もしていないと聞いて、SERIKAは少しほっとした。ただヨルさんの場合、最近村に来たばかりで釣りが好きなので趣味で作っているルアーでも売ろうかと言っていたので、やはり何も考えていないのは芹華だけだった。 それから4人はグループチャットのできるイートインに移動した。中は有名なコーヒーチェーンの仕様になっており、注文したらあの有名なUber Eatsのように宅配で持ってきてくれる。他の人は注文して美味しいと言っていたが、芹華は近所にないので持ってこられないだろうと注文しなかった。 それにしても、この村は本当に至れり尽せりだ。さっき参加したシューティングゲームこそポイントの支払いが必要だったが、他は夏祭りの参加費である1000ポイントを支払えばほとんど無料なのだ。現実に有名店のコーヒーを1人1回3杯まで、食べ物も注文可能であるにもかかわらずだ。 3・2・1!ドーン! カウントダウンの表示の後、イートインスペースの吹き抜けの天井から花火が上がりはじめた。二次元の花火は有名キャラクターの形も世間向けのメッセージも自由自在だ。 「花火の柄とかメッセージとかは事前にリクエストできたんだよねー。すればよかったー」 きょんきょんがさも残念そうに、キャラの目をパチパチさせた。 「例えばどんなメッセージ?」 「魚ね形とか?ドコサヘキサエン酸とか」 きょんきょんの発想に、芹華はパソコンの前で盛大に吹き出した。膝の上の猫が抗議するように、にゃーと鳴いた。 「あー、SERIKAさん笑ってるでしょう?わかってるんですからねー?」 会話が止まったことで、きょんきょんにも伝わったらしい。 「ごめん俺も笑ったわ」 「オレも」 4人でひとしきり笑い、それからヨルとSERIKAが開く店の話をして、その日はお開きになった。 きょんきょんだけは、その後、朝まで開催される深夜のオンライン生ライブに参加すると言っていたが、だれも誘いに乗らず、残念そうだった。 その日のことは、翌日フクロウ先生に相談した。オンラインシューティングで気になったことと、古物商を始めようと思いついたこと、昨日会った2人についてのことなどを話した。 「夏祭りでは、他のゲームはしなかったんです。アバターのアイテムを買ったくらいですね。婚活イベントの一環だったから、顔が見えても仕方ないんですかね?きょんきょんさんは違和感を持っていなかったんですけど、なんだか、村のサービスが良すぎて気持ち悪くもなってきて」 昨日の夏祭りイベントだってそうだ。登録した「幸せ倶楽部」の推奨イベントということで、本来の参加費用は9割引きになっており、100Pの支払いだけで、あとは婚活サイトが肩代わりという感じになっていた。だから夏祭り会場はカップルやお見合いしている人ばかりだったし、乱れ飛ぶ甘ったるいチャットの本流に胸が悪くなりそうだった。 イートインスペースはそういった外部の会話を遮断できるので、グループで一つの空間を所有している一体感があった。 フーサービスが良すぎて気持ち悪いですか・・・芹華さんとしては、どうなんですか?その、ネットを使って今のようにお金を稼いで生活していることを仕事をしているのと同じようにとらえられないんですか?お小遣い稼ぎと大差ない感じとか・・・ 芹華はフクロウ先生から思いがけない質問返しがきて戸惑った。これまで、フクロウ先生といえば、どちらかといえば感覚的にそれはした方がいいとか、これはしない方がいいとか結論ベースでアドバイスをしてくれる感じだった。自分にとって良いか、悪いか選ばせるのが、フクロウ先生のやり方だと思っていたのだ。 せーそういわれてみると、私のとらえ方に問題があるのかもしれませんね。サイトが怪しいと感じるのは、私がお金をもらうからには、何かしている感覚が欲しいからなのかも。宝くじに当たったと考えたら、ただ得したと喜んでおけば良いことなんですかねー! YouTubeやブログは、何らかの作業がある。こんなことを表現して驚かれた、喜ばれた、共感された、などの充足があって、それで対価を得ることに違和感がなかったのだ。ただ、考えてみればIT村も何となくうろうろしてRPGのゲームで宝箱を見つけて当たるようなものと考えれば、他の既存のツールと報酬の得られ方は変わらないのかもしれなかった。 フーネットでお金を稼ぐことが、宝くじに当たるようなもの・・・そう思いきられると何か切ない気がしますが、、、。芹華さんはTwitterの方では予言が好調ですよね?あれは、金銭が発生しませんが、どういう感覚ですか? フクロウ先生の文面からは、寂しさが滲んでいた。ネットビジネスをかけごとのように言ってしまったのは言い過ぎだったと反省して、Twitterに関してはどうだろうかと芹華は考えていた。 芹華のやっている予言というのは、量が多いと批判を受けた飲食店の料金を調べて、ここはこのメニューが人気でさらに流行りそうだとか、有名俳優と付き合っている報道が出た駆け出しのタレントや女優さんの経歴や愛用品や出演作品を調べておすすめを伝えるなどのことだ。それで、その人たちの評価が一部の間でひっくり返ったり、改めてその作品が少し流行ったこともある。 そうやって情報のバランスを取る活動をしている人は別に芹華が初めてというわけではなく、例えば歴史上あまりよく思われていない田沼意次などを実はこんな凄い人で尊敬すべきだと言っているような人の二番煎じのようなものだった。 ただの悪者として表舞台から誰かや何かが消えていくのを寂しく思う芹華のような判官贔屓(ほうがんびいき)の人はきっと日本に多いのだろう。ただそうした行動に直接の報酬は発生しない。そのTwitterの行動でブログの読者が多少増え、予想通りの結果になったとき、すごいねーと褒められて多少自尊心が満足するくらいのことだ。 せーまあ、反響があるのは嬉しいですよね。ブログがやりたいからやっている趣味だとしたら、Twitterは反響がモチベーションになってますかね。以前はほぼ見るだけでしたし。リツイートbotでしたからね。 考えてみればTwitterが一番なぜやっているのかわからない謎なツールだ。流行り始めた時にとりあえず登録したが、芹華自身に発信すべき情報がない。引きこもりでネット上やメディアの情報以外に実際のことなど何も知らない。 せーTwitterって考えてみればなんでやってるのか、わかりませんね。消そうかな フーせっかくうまくいっているものを辞めなくてもいいでしょう!いや、芹華さんとしてはやはりリアルで取引のある仕事がしたいのかなと思ったもので。古物商をするっていうことは。 せー新しい本が買える収入が入ってきたから今までの本を処分しようと思っただけですよ。もちろん、メルカリとかヤフオクとかのフリマアプリを使えば、別に資格はいらないわけですけどね。 自分がこれまで新書で買った本を中古で売ったところで、儲かるわけではない。自分で売ればこれまでたまった本を中古取扱店に持ち込んでも処分料をとられなかっただけましだということも多かった。要するにあまり値段がつかない。破れやシミがないものは30円以上で買い取りをすると約束すれば売りたい人もいるのではないかと相談したら、フクロウ先生は良いとも悪いとも言わなかった。 現実の商売がしたいのかもしれない。ネット上ですべて終わらせてしまうことが仮想というのではなくて、今の状態では誰とも生の触れ合いがないことは確かだった。フクロウ先生にいろいろと教えてもらいながらすすめているが、芹華自身はネットやSNSなどの知識に乏しいので、それを誰かに共有できるということもない。 フー芹華さんが本格的に古物商をやりたいというのなら、古物市場に行くといいでしょうけど、家に本がたくさんあるなら、まずそれをフリマサイトで売ってしまってからでしょうね。その間に古物商の申請許可はおりますよ。近くの警察署でできますからね。 せーフクロウ先生は、古物商もされてるんですか? フーいいえ、知人の開店を手伝ったことがあるだけですよ。プログラマーの仕事をしている知人なんかは副業でネットショップに手を出している人もいるので。 せーそうなんですか。じゃあ、警察署に申請を出してわからなかったらご相談しますね。 芹華は卓上灯にほの明るく照らされながら、すぐさまそう打ち返した。副業している友達がパソコンに関する技術職のプログラマーであるのなら、フクロウ先生も同じようなプログラマーの職についているのかもしれなかった。その片手間にSNSなども手間をかけてやっていたのか、あるいはフリーで仕事をしているのか、聞いてみたらフクロウ先生は気さくに答えてくれたのかもしれない。しかし、芹華はフクロウ先生の”リアル”の姿を知ることをとっさに拒んだのだ。 返事を即座に端的に返したので、それはフクロウ先生にも伝わったはずだと思ったが、フクロウ先生はなおも芹華を。 フーおばけの手紙については、何かわかりましたか。もし、よろしければ、私が、村でご一緒して探すこともできますが。 やっぱりフクロウ先生も村の住人だったのかと今更ながら聞かされても、芹華はあえてそれについて確かめたくはなかった。 せーおばけの手紙なんですが、ちょっと気になって調べてみたんですよ。おすすめじゃない店と、おばけがおすすめしてくれた店と両方行ってみたんです。でも、村の店に悪い店なんてないんですよね。ただ、おばけのおすすめの店はポイントの還元率が良かったんです。どういう仕組みになってるんだろうって、それも気になったんですよね。 フーああ、自分で店を開いてみたら、どの店がポイント還元率が高いのかその仕組みもわかりますからね。そこは、盲点だったな。私も店を開いてみようかな。 せーフクロウ先生も興味ありますか?単に村の在籍期間が長いだけとかかもしれませんけど、この村なら売ったお店にすらポイント還元がありそうでんですよね。一体財源はどこにあるんでしょうか。選挙前の与党のバラマキ政策じゃあるまいし、私にそんなに親切にする義理なんて何もないでしょう。 金は天下の回りもの。他人と他人とのつながりはギブ&テイクで成り立つと芹華は考えている。もちろんボランティア精神や滅私奉公の考え方はそれはそれで高邁なものがあると思うけれど、理由もなくお金が行き来するという気持ち悪さがぬぐえない。賭け事をしない人間だからそう感じるのかもしれないと思っていたけれど、それにしてもあまりに村の運営には『営利』が感じられなかった。 フー芹華さんは、政府の緊急経済対策で給付された10万円は使いましたか? せーんー、そうですね。生活費に消えましたね。あと、このネット代に(笑) フクロウ先生の急な話題転換に戸惑いつつも芹華は素直に答えた。 フーでも、村から入会時に配布された10万円はずっと使っていなかったんですよね?その違いはなんでしょうか? フクロウ先生の質問に芹華は思わず(うめ)いて、梁がむき出しになった吹き抜けの天井を見上げた。 芹華自身がジレンマに陥っているのはそれなのだ。お金が入るなら何でもいいと思って、フクロウ先生からアカウントを買った(引き継いだ)。家に籠ってほとんど出かけることのない生活を、両親に少し後ろめたいような気がしながら気に入っている。広告収入(アフィリエイト)が入ってくるシステムになれないものを感じながら、そんなものだと納得させてきた。だが、堂々と人前でそれを語ることができない。SNS上でいろいろな人と話をすることに違和感がないのに、その人たちと実際に会いたいと思えない。むしろ、村で急に姿をさらすことになったみたいに、つながることを恐れている。 向いていないのかもしれない・・・SNSやネット社会に。 そうは思っても、この安楽な生活を手放して地上の生活に戻ることを考えると芹華は胃がしくしくと痛むような気がした。 フー私自身も、宝くじに当たった10万円と他人から借りた10万円だったら、やはり他人から借りた10万円を使うことには慎重になりますからね。 何も返事ができないでいると、フクロウ先生は勝手にそう結論づけてくれて芹華はほっとした。ご祝儀をもらったら返さなければいけない、お金を借りたら返せなければいけない、そんな借りを作った感じがいやなのだろうとフクロウ先生が言ってくれたけれど、芹華はそんな風に後から何か請求されそうとか、しっぺ返しがありそうとか、村に何かよくない裏がありそうな怖さよりも、ネットで現実につながる方向へ向かいそうでその流れそのものに冷たい体に水が流れていくような気持ち悪さを感じるのだった。 フー10万円が減らなくても、村でもう少し過ごしていただけたらと思います。そういうお化けの真相とか突き止めるのも面白そうでしょ。なんなら、その婚活で”顔見世”した彼と、買った服でコーディネートして出かけたらいかがですか?男性の店にも入るようになればも広がるかもしれませんし。健闘を祈りますよ。 フクロウ先生から励ましをもらって、その日の相談は終わった。フクロウ先生が言うきっかけというのが、婚活の話かお化けのメールの話かは前者のような気がしたが、芹華は後者で受け取ることにした。 お化けは、おすすめされた店に行って買い物をしてポイント還元された翌日には、お店の評価のアンケートを送ってきた。やはり村の運営がやっているサービスのような気がしたが、そもそも村を運営する組織があるのかどうか、窓口がないので問い合わせることもできなかった。 お化けは、1か月という短期間で3回きた。最初のメールはおすすめのペット用品の案内だった。5割引きで買えて、5割ポイントが戻ってくる。差し引き0でやはり村のポイントは減らない。それどころか村人レベルが上がって、1か月で10000ポイントずつたまるから、どんどん使って毎月なくなってしまうというきょんきょんがどういう買い物をしているのか、その方が芹華には不思議だった。 村にログインした初日に、芹華は自分の個人情報を登録していた。多少ためらいはあったが、マイナンバーカードの番号を任意で書き込む欄があったのでそちらも記入した。猫を飼っていることも書いたし、プロフィールにそもそも愛猫の写真を乗せていた。ペットを飼っていることについては、特段芹華の個人情報が”お化け”に流出していることを心配する必要もなかった。 芹華はそのお化けのすすめに従って、10000ポイント分のキャットフードと猫用のおやつと首輪を買った。そして、別の店でキャットフードとおやつの値段を聞いたが、ほとんど変わらなかった。むしろ値段交渉をしたら、おすすめの店より安くしてくれたが、それは買わずに首輪だけ買ってみた。 もちろんおすすめの店と同じデザインでも値段でもないが、愛猫がどちらを気に入るのか、おそるおそる3日ずつ交代でつけて試してみたが、マイペースな猫は首に何がついていようと大して気にしていないようだった。さすがに猫の性格も知らず、どの首輪を気に入るのかまで当てられたらそれは占い師か神の仕業だろうな、と芹華は猫がお化けのおすすめの店の首輪の方を気に入るのではないかとドキドキしていた自分がおかしかった。 しかし、もっとおかしいことに気づいた。おすすめの店でなかったペット用品があった場所が、1か月後に訪れた時にはシャッター通りになっていたのだ。そこはきょんきょんの営む鮮魚店があった場所でもあった。キャットフードが切れて、ついでに魚も買いに行くよときょんきょんに連絡した翌日のことだった。きょんきょんから、待ってまーすという明るい返事が来たのに、その日からきょんきょんと連絡が取れなくなった。 きょんきょんに以前紹介された多肉植物の店主にそのことについて聞きに行ったら、村から突然消える人はたびたびおり、それは『寿退社』と村では言われていると教えられた。 大体おめでたいことがあった人が忽然ときえるのだそうだ。それについては、芹華も覚えがあった。きょんきょんが幸せ倶楽部で出会った男性と結婚すると数日前に芹華に連絡をくれていたのだ。相手は夏祭りに一緒に出掛けたヨルさんだった。二人ともだいぶ話が弾んでいたので、現実で顔合わせをした話を聞いても芹華はあまり心配もしていなかった。ヨルさんの方も結局釣り具のお店を開かないまま村から消えていた。 ナー私は村で商売を続けていきたいから、おめでたいことは起きないようにしていますよ 謎のシャッター通りのからくりについて教えてくれたナナカマドさんの言葉は、この村から消えないために”実際に良いことがあってもこの村では話さないようにしている”というように聞こえた。 きょんきょんは自ら村から去ったのではなく、村からことは確実だった。きょんきょんは芹華に、疫病の流行で結婚式ができるかわからないが、それでも芹華と会って祝ってほしいと言っていたのだ。芹華は外出自粛の機運にかこつけて、現実にきょんきょんと連絡先を交換しなかったことを悔やんだ。現実にだれかと繋がることを恐れていたけれど、きょんきょんには会いたいとも思っていたのだ。 芹華の桶組だから、Twitterかブログで連絡してきてくれないかと待っていたが、きょんきょんらしき人物からの連絡は来ないままだ。 そうこうしているうちに、現実社会では疫病の流行がまたひどくなり始めた。ウィルスが引き起こすその病が、どれほどのヒトの命を奪うものかは未知数であったが、少なくとも、それがネット社会にも確実に影響を及ぼしていた。 村の外では、芹華が始めた書籍商はどんどん商品がはけていった。巣ごもり生活でみな退屈しているのだろう。自宅待機で学校がお休みとなり、読書にはまっている子供のために本をまとめて買いたいという女性にはもっていた児童書をぜんぶ売り渡した。村の中では婚活イベントの案内が頻繁に届くようになり、開催された。それと同じくらいの頻度で、緊急恋愛事態特措法のお化けメールも届いたが、内容がよくわからないので、だんだんと気にならなくなっていた。 そんな日々が続いたある日、芹華は、思い切ってフクロウ先生に連絡をしてみた。 せーフクロウ先生、一緒に古物市場に行ってくれませんか?
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