目指せインフル怨嗟

1/1
前へ
/4ページ
次へ

目指せインフル怨嗟

2020年4月16日、日本政府は特別措置法に基づく緊急事態宣言を全都道府県に拡大した。この効力は、5月6日までとされたが、31日までの延長とされたのちコロナ感染の拡大が落ち着いたということで解除が前言されたのは、5月25日となった。当初4月6日に緊急事態宣言は以下のようになされた。 「緊急事態措置を実施すべき期間は、本日、令和2年4月7日から5月6日までの1か月間とし、実施すべき区域は、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、及び福岡県の7都府県とします。なお、感染拡大の状況等から措置を実施する必要がなくなったと認められるときは、速やかに緊急事態を解除することといたします」 この宣言がなされた時には、第2派を防ぐこと、第2派が来たらまた緊急事態宣言宣言がなされるのだろうかとという不安と緊張に日本国民が包まれていた・・・と日本政府は考えていたはずである。 まさか、このコロナ禍の最中、家に籠る理由ができたことをこれ幸いとそれまで引きこもりがちだったネット民がこそこそとねぐらを抜け出して活動するようになり、ネット社会でアホな宣言がなされるとは思いもしなかったはずである。             ”緊急恋愛事態宣言” こそこそと誰と会うこともなく引きこもり、パソコンとスマホがお友達の新生ヲタクたちが世を拗ね、リア充を妬み、成功者をひがんで作ったこの2次元世界の春が、まさか現実社会にまで、影響を及ぼすようになろうとは、そのころ、誰も想像だにしていなかったのである。 ”買えば買うほど金がたまる””遊べば遊ぶほど金がたまる”そんな夢みたいな錬金術があると聞いて知っていますか?いや、夢みたいといっても錬金術といえば手間も時間も相当かかるんですけどね。 澤永芹華がそれを知ったのは、偶然でもなんでもなく、コロナでバイト1件首になり、残り2件は店がつぶれ、職安でも日雇いの仕事が見つからないという人生最大のピンチでわらをもすがる思いで、ネットで情報を漁っていたときである。出会い系でもなんでもいい、もはや2か月職安以外の用事で出かけることがなくなっていた。誰かに合わなければ死にたくなるかもしれない、そんな余裕のない気持ちでおぼれるようにネットに潜っていたら、それを見つけた。HPとYouTubeのアカウントを1万円で売ってくれるというのである。 「YouTubeの登録者が1万人・・・HPのブログの読者登録者数が3万人・・・嘘だわ・・・釣りだわ・・・」 家族の寝静まった深夜、30過ぎた女がパソコンに向かってぶつぶつ独り言を言っているシュールさを創造していただきたい。 インスタグラムとツイッターも運営するように書いてあり、それを2週間きちんとつづけられるようであれば、1万円で売却し、その後の収益についても返却を求めないという。そんなうまい話があるはずがない、と思いつつも芹華はその夢のような話に乗せられて、ついにダイレクトメールでやり取りをしてしまった。2ちゃんねるだけは、、、2ちゃんねるだけは手を出すまいと30年生きてきたのに、初めて手を出したその日につかまってしまったのだ。ネット民たちには笑われた。馬鹿がいる・・・信じる馬鹿がいる・・・馬鹿が見る~~~。そうは言っても、1万円は格安だ。2週間のトライアル期間でやめてもいいわけだし、1か月の食費を不意にしても、芹華は実家暮らし・・・実家の離れに住んでいて、職がない間は家にお金を入れなくてもいいと言われて、(うん)数年、プライドを保つために月3万円を数か月前まで家に入れていたが、もはやプライドなんて後生大事にかけらも守っていられない。 蓄えは数十万円。これが釣りでだまされていたとしても、たとえお金を逆に取られたとしてもこのまま何もしないで一人で朽ちていくよりましではないのか、そんな思いに駆られて売主でとメールのやり取りをすること、数十通、芹華は2週間後めでたくHPとYouTubeのアカウントを手に入れたのでであった。 「ネット警察ってやつですか?」 『いや、そんな大層なものではないんですよ』 アカウントの買い取りの三日前、芹華はその売り主と初めてSkypeを通してやり取りをすることになった。とはいえ、相手は顔出しなし、音声も変えてあった。芹華の方だけ、顔出し生出演は抵抗があったが、すでに件のアカウントの住所も電話番号も芹華のものに変えてある。引くに引けない状況で、開き直ってもいた。 『ネット自警団というのも大げさなんですが、ネットで流されている誤った情報を正すといいましたよね、ツイッターでも動画でもブログでもどの手段を使っても構いません。やりやすいものでいいですよ。あ、ただ、YouTubeの動画の方は、ある程度の頻度であげないと効果が薄れますから、はじまは動画メインにされた方がいいかもしれませんね」 「それって恨まれそう・・・いえ、恨まれませんか」 声は変えてあるが、画面の奥の人物の話し方は軽い感じだ。もしかしたら、自分よりもずいぶん若い人物かもしれない、、、なんて考えていたら、危うく砕けた口調になりかけてしまった。 ー大学を卒業するのを機に、SNSからいったん身を引くことにしたー なんて、ありそうだ。まあ、相手が若かろうが、もしかしたら、10代の少年だろうが、この10日間ほど、SNSやネットについて教えてくれた先生とも呼ぶべき存在だ。大人になって何事も続かなかった芹華にしてみれば、その知識と努力は先生と呼ぶにふさわしいものである。相手のハンドルネームがフクロウなので、フクロウ先生と呼んで、相手の方もその呼ばれ方で満更でもなさそうだと芹華は踏んでいた。 自尊心の高そうな相手に対して、気安い対応は厳禁だ。そんなことは、芹華の乏しい接客経験からもわかっていた。 『何か誤解なさっているようですが、相手の詐欺行為に対して何も名指しで糾弾しろと言っているわけではないのですよ。例えば、昔、納豆ダイエットって流行りましたよね。某番組の影響で、スーパーから納豆が消えるほどでした。そういうのを見つけた時にですね、納豆の効能について正しい情報を発信するわけです。お時間があるなら、リンゴダイエットをやってみて、納豆ダイエットをやってみて、どちらが効果があるか試すというのもいいですね。別段、番組にも抗議する必要はありませんし、その発信された情報を見て、番組が嘘つきだと世間から非難を浴びることになったとしても、特にこちらが報復される可能性は少ないと思いますよ。安全なやり方で、暇を持て余した人間による安全な報酬ありのボランティア行為みたいなものを目指して、やっていたわけです。実際、運営されてみてもそんな目的のサイトだなんてほとんど今日まで、気づかなかったでしょう。あ、暇人というのは、言葉の綾ですよ。失礼しました』 「いいえ、わたしは、実際に暇人の引きこもりですから」 軽い持病があって、それを言い訳にしているうちに30代に入ると正社員の職もなくなったほぼニートのような存在だ。他人から暇人と呼ばれても、芹華の胸は大して痛まない。ただ、納豆事件を知っているのは、やはり相手がそれなりの大人であるという証拠であろう。そのころ子供だったとしても10代後半以上ではありそうだと、芹華はほっとした。 メールでの事務的なやり取りと違って、今日のフクロウ先生は饒舌(じょうぜつ)だった。元々Youtubeの動画を作ったり、毎日ブログを書いたりと、口は達者なようであるかた、これが本来のフクロウ先生のスタンスなのであろう。芹華も子供のころから空想好きであったから、この短期間でこの仕事?遊び?なら自分にある程度向いてそうだと確信できていた。 『お詫びと言っては何ですが、これまで送った編集に必要なソフトやBGMなんかもすべてお渡しします。その他、今後何か困ったことやわからないことがあったら、いつでもお答えしますよ』 「まさに、至れり尽くせりですね。その・・・あまりに親切だと怖い気がしますが」 芹華はちょうど近くを通りかかった愛猫のロマンを抱き上げて、ぎゅっと胸に抱きこんだ。抱っこは好きだが、ひっかき癖にある悪猫だ。 『まあ、ただの親切ってわけでもないんですがね。あなたは有望そうなので、先にお話ししますが、そうやってネットで優良な市民として過ごせばですね。政府からご招待があると思うんです。見事そちらに招待された暁には、私たちはお仲間となるわけなんですよ』 「政府からのご招待・・・なにやら、、、きな臭い・・・いえ、壮大なお話ですね」 芹華はいよいようまい話の裏が出てきたのかと緊張し、ロマンをますます抱きしめ、マロンはいやいやをして芹華の肩に爪を立てて逃げてしまった。 深夜の一人暮らし、昔は牛や馬を飼っていたという改装した石倉の離れの部屋に三十女の悲鳴がこだました。画面越しにフクロウ先生の笑い声が聞こえ、そういえば彼の方にはこちらの画像が見えているのだったと思い出して、芹華は恥ずかしくなった。 『ふふふ。可愛い猫さんですね。政府からのご招待なんですが、実はこれは半分公になっている話でもあるんですよ。スマートシティの日本型構想については何かご存じですか』 「・・・ITを街づくりに活用するってやつですか。なんか交通渋滞を解消するとかって聞きましたが」 芹華が実家の新聞紙面を盗み読んだなけなしの知識で答えた。何も知らないと思われるのが嫌だったので口にしたが、ほとんど何も知らない。 『よくご存じですね。さすがです。家や会社、自動車などの生活基盤と、電力・ガスや電車・バス、学校など社会基盤とを通信でつなぎ、消費や移動などあらゆる情報を集積・分析して、サービスの充実やエネルギーの効率化を実現する都市モデルです。この「スマートシティ―構想」で日本は国際標準化を目指しているわけですが、中国が提唱している政府監視型のモデルとは対称的に日本は個人情報の保護を徹底し、サービスを提供する企業が集めた情報を政府が利用できなくすることを柱としたものなんです』 素直に知らないと答えるべきだったと、芹華は後悔した。これが、チャットだけで文字で打って話しているのなら、ネット記事情報をコピー&ペーストしたのねとと思えるところだが、フクロウ先生の話し方にはよどみがなく、少なくともその内容を暗唱しているだろうことは感じ取れた。チャットとディクテーション機能をオンにして話した内容を文字におこせるようにしておいてよかった。そうでなければ、ペラペラと話されても話の内容の欠片も理解できなかったに違いない。漢字で見ないと言葉って本当に理解できないものだ。 「まあ、このスマートシティ構想なんて表向きのものですから、私もそんなに理解もしていません。しかし、この「ITの街」には裏の顔があると言ったら信じますか?地下の顔とでも言ったほうがいいかな」 「地下の顔?まるで地下に都市でも埋まっているみたいな言い方ですね。ネットなら、バーチャル社会とでもいうのかな」 「ご名答。まさに、それです。飲み込みが早くて助かります」 適当な思いつきを褒められても困るだけだ。このフクロウ先生は慇懃無礼という言葉をもちろん知っていらっしゃるだろうから、誉め言葉はおそらくほぼ意図的な嫌みだと鈍い芹華でさえ気づいた。 『わたしのどこが悪いのか指摘できないなら、私が悪いなんて認めないぞ』 ”;lflfじゃ;gじゃ:えいrがえjg:あ” 『どうしました?』 「いえ、こちらの科白ですよ。突然変な声出されてどうしたんですか。びっくりして、手元がすべってキーボードをでたらめに押しちゃったんですよ」 驚いた拍子にせき込んだ芹華は、手元の麦茶を勢いよく飲んだ。フクロウ先生の吹き出すような声が聞こえてそれが何となく癇に障る。芹華の住まいはクーラーがないので暑い。天井が高いからつけたら冷暖房費が馬鹿にならないし、石倉だから普段はもう少し涼しいのだ。しかし、あいにくと40度近い蒸し暑い気候だとその効力も薄まる。おまけに画面越しの相手が、こちらが汗をかくような話をしてくるのだ。最低限の身だしなみとしておいておいた汗拭きシートとウェットティッシュがなくなりそうな勢いだ。 ゴーゴーうなるようになる除湿器と旧式の扇風機の音がやけに耳につくが、それを止めたら画面越しに大汗をかいているのを見られてしまうからできなかった。 (やっぱり、面倒なことに手を出してしまったのだろうか) 何とかこなしはしてきたが、大体チュートリアルの段階でいろいろと手間暇がかかることが多く、継続性において芹華は若干の不安を感じていた。YouTubeに動画を毎日あげるとか、ブログを毎日更新し、ツイッターで毎日10回以上呟くとかインスタのフォローを毎日しまくるとかあきっぽい芹華にはなかなかの苦行である。 『”僕のどこが間違っているのか指摘できないなら、僕は絶対に認めないぞ”これ、実はそのバーチャル社会、まあ正式名称は”日本IT村”というんですけど、そこで流行っている言葉なんです。現行犯なのに、絶対に罪を認めない、日本の政治社会を体現した言葉ですよね。大体、政府が監視しない?仕事放棄の政治家はおいといても、官僚がそんなことを許すわけがないんですよ。そこで作られたのが完全監視社会の”日本IT村”なんです。上級国民様は我々愚民を正しく飼っておられるおつもりなので、野放しにしては何が起きるかわかりませんからね』 何が言いたいのかほとんどわからなかったが、フクロウ先生が日本の政治、特に官僚政治に対して私怨を持っていることが芹華にもわかった。日本の官僚は確かに庶民にはなかなか受けが悪いが、芹華の知り合いの地方の役人になった同級生はなかなかどうして子供のころから優しい性格をしていた。努力家で子供から大人まで評判がすこぶる良く、仕事ができるのに出世欲もないと言われている。みんながみんな悪い人間ばかりではないだろうと思ったが、フクロウ先生の言い様があまりに辛辣だったので、反論することができなかった。 「ええと、スマートシティーの話でしたよね?日本IT村なんて初めて聞きましたが、それが私とか動画制作とかとどうかかわってくるんですか?」 『あなたが、”いい子”にしていれば、村からの招待状が届きます。官僚のやつらには選民思想がありますからね。あなたが良民と認められたら、必ず来る。良民というのは何もネットの知識が豊富で巧みな人間のことではありませんからね。実社会での実績も関係ない。”無害で聞き分けのよい愚民”。でもね、できることなら、あなたがそこから脱却し、牙を剥くことを私は望みますがね。そもそも正しい情報の発信なんて今の日本政府が最もやれていないことだ。自分たちの罪をひた隠し、民間の事業と銘打って実のところ手柄は自分たちのものにする。”日本IT村”だってまだ実験段階と称して、政府の事業リストには載っていない裏事業なんですよ。うまくいかなかったときの責任を取る気もないんだ。愚かな役人どもが』 ―だんだんフクロウ先生の口調が魔王のようになってきていた。いえ、お上にたてつくなんて、江戸の時代からこの方か弱い女子にできた例がないですよね? とにかく、フクロウ先生が自分のアカウントを格安で提供してくれたのは、自分にその”日本IT村”なるものの村民になってほしいからだと芹華にも何とか理解できた。そこからの目的はよくわからないが、きちんと正式な手続きは踏んだし、確かに違法なことは何もしていないので、芹華は今も日本の端っこにいる取るに足りないよい子のままだろう。 「あの、その村で私が何かできなくてもいいんですよね?まずは、その前に、私が今後すべきことを教えていただけませんか?今まで通りのコンセプトでできるだけ、誤った情報を見つけてなるべく正しい情報を発信すればいいんですよね?わからなかったり、迷ったりしたらフクロウ先生に聞きますから、よろしくお願いします」 『ええ、もっといえばですね。インフルエンサーどもを刈っていただきたい。彼らは流行っているものを発信するのではない。今や、流行を作り出す存在だ。「良いものは良い」と宣伝するくらいならいいが、無暗に人心を煽って流行りを作り出すなど悪魔の所業だ。そういう人の心の隙間に入りこむ悪魔など刈ってしまわなければなりませんからね』 ーなんだか、フクロウ先生の発言に厨二病が混じってきた。 言葉は乱暴だが、要するに世の中にある誤った情報を正していくという報酬ありのボランティアをやっていけばいいということなのだから、そんなに不安になるには当たらないだろう。今の日本の政治に対して義憤に駆られているくらいだから、フクロウ先生もそれなりに善良な人間だと芹華は判断することにした。 「それじゃあ、フクロウ先生。まず、刈っていくべき悪いインフルエンサーの見つけかたを教えていただけませんか」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加