3人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
幕開け
夕闇の中に、赤い絣の着物の少女が立っている。
世界はぼんやりとし、少女だけが夕日の残り火だった。
少女は視線を真っ直ぐに上げ、待った。
女が現れた。
少女の母親だ。
陽炎の様な揺らめきの中、姿かたちがはっきりとしない。それでも確かに、少女には自分の母親だと分かった。
少女に向かって母が、白い、両の手を差し伸べる。少女を迎えようと、抱き締めようと……。
少女はたまらず走りだした。
母に抱き締めて貰おうと、その腕に絡め捕えられようと、ぼんやりとした世界を走る。
あと少しで母の元へ行ける、あと少し……。その時、突然、闇の中から湧き出たように、黒い洋装の男が現れた。
男が少女の手を掴む。
少女の体と心は母親を求め、前へと出ようとするが、無残にも男が、たった一本の腕でそれを遮る。
そして、連れて行かれる。
少女は一度も母親から顔を離さずに、男に手を引かれて行く。母親も、ただ、ただ、両の手を少女に向け続けた。
闇が全てを包み、母の白い腕だけが、少女の目に焼き付いた。
最初のコメントを投稿しよう!