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走れ
大きく一歩踏み出した。
残り四分四十秒…秒数に表すと二百八十秒。
宝くじ売り場まで行けば一等が当たる。走りながら胸が高ぶるのを抑えた。
それはつい先程言われた予言の内容だった。必ず当たると噂の占い師に運気を見てもらった時。
「あ〜貴方あれね…あと五分以内に宝くじ買えば当たるよ。そんな顔しないで。意外とマジだから」
ちゃんと代金は占い師に渡して俺はすぐにそこを出た。
余裕があった、何故なら此処は駅前。宝くじ売り場なんて探せばいくらでも見つかる。更に一番近い宝くじ売り場は歩いて三分、走れば一分だ。
と思っていたのだが…人が多い…いつも以上に多い、それに何を見ているのかその場で留まっている。
その人混みを掻き分けて…目の前に出てくる横断歩道を渡れば…ゴールは目の前…の筈だった…
「え〜私は…この政策…」
路上での街頭演説が行われていた。つまり最短ルートは歩道橋しか無い。
残り三分二十三秒…秒数に表すと百九十七秒。
行けるのか?俺の足よ。この人混みを掻き分けて階段を登ってまた人混みを掻き分けて俺は宝くじを買うことが出来るのか?
自問自答しながらその考えを薄ら笑ってしまった。出来るか?ではなくやるしかないのだと。
俺はもう一度人混みを掻き分け、そこから出ると、階段を何段も飛ばしながら駆け上がる。息が上がり、長年運動のしていない身体には堪えるが、そんなのは関係のないことだ。
全て登りきった後、時計を確認する。
残り一分五十七秒…秒数に表すと百十七秒。
まだ行ける。まだ行けるはずだ。
通路を全力で駆け階段を飛ぶように降りていく。
残り一分二十秒…秒数に表すと八十秒。
まずい…
そう感じたのは俺の行く手に子供が階段を登ろうとしていたからだ。相手は歩きながらゲームをしているのかこちらを見ようとしない。
無理やり足を捻って、俺はその子供を避けながら階段を転げ落ち、階段のフェンスに頭をぶつける。
激痛が走り目の前がチカチカと点滅している。
悲鳴が鳴り心配するような声をかけられるが、7億という額に比べたら怪我なんて関係なかった。
「歩き…ながらの…ゲーム…スマホ…危ないぞ」
残り五十八秒。
立ち上がって俺は子供に注意をすると心配してくれた人に頭を下げてその場を立ち去った。頭痛が酷く出血しているようだったがそんなの関係ない。
また人混みを掻き分けて進んでいく。
残り三十五秒。
人混みを掻き分けていくといろんな人がその政治家を応援しているのが分かる。前途有望な若者。健康的な老夫婦。
残り十七秒というところで目の前に宝くじ売り場が見えた。だがそれと同時に見逃せないものもあった。
胸を苦しそうにしながらうずくまる一人のお婆さんだ。周りは演説に夢中で気づいてもいない。
どちらを取るべきかなんて考える余地もない。
「すみません! 通してください! 大丈夫ですか? 110番お願いします! 重病です!」
この時一緒に十秒なんですとも言いたかった。だが命と金は天秤にかける意味もない。
7億なんてそんなの関係ないことだ。
結局俺は宝くじを買えず…頭の出血も酷かったので一緒に病院へ搬送された。
「あたしゃね…ただ団子を喉に詰まらせただよ…それをあんた…重病だなんて…でも、ありがとね」
お金よりも俺はお婆さんの笑顔が守れてよかったと思っている。
今日も一日頑張っていこう。
深呼吸をして大きく一歩踏み出した。
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