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第5話
「お前、見てただろ」
銀司にそう言われ、西川奏介は俯きながら顔を横に振った。
銀司は、5年2組で一番乱暴な子だ。図体が大きいだけでなく悪知恵もよく働く。銀司の隣には意地悪な大雅もいた。
見ていないというのは嘘。教室に帽子を取りに戻って戸を開けようとして、中から変な話声が聞こえたので、戸の隙間から教室の中を覗いた。
そこには、床に座らされた棚橋富美子がいた。
富美子が動けないように大雅が彼女の腕を捻ると、銀司が汚れた水を含ませた雑巾を富美子の頭の上で絞った。どす黒い水がじゃっと富美子の髪に降り注ぐ。汚れた水は富美子の顎から滴り落ち、床に溜まった。
「奏介。絶対にこのことは黙ってろよ。そうじゃないと、お前にも嫌なこといっぱいするからな」
銀司はそう言うと、廊下の壁に唾を吐きかけてから階段を下りて行った。大雅も後に続いて階段を下りた。
奏介は教室に入ると、床に這いつくばったまま動かない富美子に、「おい、大丈夫か?」と声をかける。
富美子は、顔を伏せたまま返事をしない。泣いているのかもしれなかった。
奏介は、そんな富美子を横目に見ながら、自分の帽子をロッカーから取り出すと、教室から逃げるように外に飛び出した。
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