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七
両親の13回忌をつつがなく終え、鷹宮は玄関先で出席した親戚を見送っていた。じゃあ、次は17回忌だね。命日には墓参りするよ、また連絡すると挨拶をして彼らは帰っていった。
断ったのだが、叔母は父の兄をつうじて結局香典を届けた。鷹宮のややうんざりしたような呆れたような思いが顔に出たのか、最後までその場に残っていた父方の伯父は、苦笑まじりに諭した。
“この家は叔母さんにとっても実家だろう。お姉さんとの思い出がきっとたくさんあるんだよ。最後までご両親の結婚に反対していた叔母さんが、きみのお母さんがここに住むならってことでやっと納得したんだから”
両親を比較的はやく亡くしていた母姉妹にとって、この家を手放すことはでき兼ねたのだろう。当時この家に住んでいたのは鷹宮の母で、叔母は独立して暮らしていた。
“姉妹の絆じゃないか? その当時たった二人しか家族がいなかったのもあって、よけいに思い入れがあるんだよ、きっと”
“……きょうだいって、そんなに特別なものなんですか”
“まあ、血の繋がりはだれにも切れないからねぇ。それと叔母さんがまだこだわるのは―――”
鷹宮の脳裏に浮かぶのは、一組の男女の影だった。新島有紗と、新島泰暁。
兄弟姉妹のいない鷹宮に、それがどのようなものかわかるすべはなかったが、新島姉弟の異様さは際立っていた。
明日は、新島有紗がふたたび事情聴取にくる日だった。彼女に生々しい欲望を抱いたことが、鷹宮は急激に後ろめたくなった。不快な情動をふり切るようにして、彼は家を出た。
*
花屋で誂えてもらった簡素な花束を、その場所にそっと供えた。
欅並木がはさむ、片側2車線の大通りの交差点。鷹宮の立つ交差点のうしろ――西側は、市営公園の入り口がみえ、クスノキやシラカシの常緑樹が繁り、ツゲの低い生垣が青々と沿道を飾っていた。ときおりツグミの高い鳴き声が響き、木漏れ日がさす平穏な光景に鷹宮は皮肉を思った。
交通事故自体は頻繁に起こるが、死亡事故は年間で数えるほどである。ただ、交通課に配属されてからの七年間で、現場で手を合わせた数は二十を超えていた。こうしていることを、だれにも話したことはない。
罪滅ぼしではないつもりだった。だが目を閉じて事故現場で手を合わせるとき、いつも身勝手な無念さに苛まれる。両親の無念に思いを馳せてのことではない。過ちを、忘れたい。忘れさせてほしい。あの日以来、暗い雨にふかく濡れて、どうにもならない心を濯いでほしい。
“血の繋がりはだれにも切れないからねぇ。それと、叔母さんがまだこだわってるのは、俊樹くんがバスケットをやめてしまったことだよ。でも息子が今や立派な警察官になって、二人とも喜んでいるはずだよ……”
――――ああ。また、雨の音だ……。
いまこの瞬間、世界中が雨で覆われればいい。だれのうえにも降りそそいで、後悔も、怒りも、雨のもとに鎮まれば――――
「――――鷹宮さん……?」
傍にひとが立つ気配がした。鷹宮は笑い出したくなった。声を聞くまでもなく、それが新島有紗であると目を閉じていてもわかったからだった。
「――新島さん」
「……お仕事ですか?」
鷹宮はゆっくりと立ち上がり、口を濁した。「いえ、そういうわけでは……」
「新島さんは、これから外出ですか」
愚にもつかないとはこのことだろう。鷹宮警察官との突然の遭遇に、新島有紗は驚きと警戒した表情を解いていない。
「いえ、わたしは別に……」
不意に理不尽きわまる感情が彼を突きあげた。
――こんなところで死ぬ奴が悪い――――。
――どうせ周りをよく見ていなかったんだ。
――いっそのこと幸せだろう、長い時間苦しむよりは。
「――――――」
一瞬、前後左右の感覚が消えた。耳をふさいでもだれかの声が浸透してくる。
“きみのせいじゃない。諦めることはないじゃないか”
――迎えなんかいらないと言ったのに。
…………雨だ。雨が降っていたから。
――バスケはやめる。……なんのために?
だれも悪くない。俺のせいじゃない。
なんでやめなければいけなかったんだ。
もうバスケに関わりたくない。
“罪ですらない”
やめたくなんてなかった。両親が勝手に死んだんだ、俺は悪くない。
死ぬほうが悪い。
「鷹宮さん……!」
鷹宮の肩を揺さぶる新島有紗の声で、我に返った。
「大丈夫ですか? 顔色が……。急にしゃがみ込まれたのでどうされたのかと……」
「平気です……申し訳ない」
荒い息を吐いて鷹宮は答えた。それより用事があるのではないかと、この状況を利用して尋ねた男の狡猾さを、新島有紗が理解していたかどうか。
「いえ……。事故の現場を見にきただけなんです。鷹宮さん、まだ顔色が悪いですよ。どこかで少し休まれたほうがいいんじゃないですか?」
そう覗きこんできた新島有紗との距離に、鷹宮は純粋に驚いた。
「じゃあ……、ちょっと付き合ってもらえますか」
鷹宮は、二人のうしろ側にある公園を顎で示した。
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