人でなしは星空に恋を謳う

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「今日、星が落ちてくるんだって」 彼が嬉しそうな声を上げる 「今日、世界が終わるんだ」 私は彼の喜びへ水を差すように「流星群で地球は壊れない」と答えた。 「ただの流れ星じゃない。シフレオ彗星だ。長い尾を引いて世界を包み込むのさ、彼女は」 星を「彼女」と呼ぶ彼は皆に変わり者と思われていて、口さがない者達からは気が狂れているとさえ囀られていた。だからこそ彼は今日を望むのだ。流星群が世界を破壊する今日を。私はそれでも諦めず「尾からシアン化合物を発生させるというのかい」と彼を嘲笑った。 「そんなものは百年以上前のデマさ。私は自転車のゴムチューブを買って来るほど、愚かしい男じゃないよ」 いつもの彼ならば、私がばかな言葉を口にしたら最後、完膚なきまでに私を論破し続けていた。だというのに、今日の彼は酷く大人しい。彼は今、ただ穏やかに笑うばかりだ。 「今日は世界が終わるのだから、君の可愛らしい愚かしさを指摘する理由もない。なんだったら、君に祝福を向けたって良い。君が欲しがっていた本をあげよう、君が使いたがっていた研究室をあげよう、もし君が望むのならば」 私の魂以外の全てをあげよう。彼はそんなことを言い、私を「人でなし」と呼ぶのだ。 「世界が終わった後、人でなしの君は生き残り、此の残酷な世界を歩き続けなければならない。だとすれば、新鮮な私の肉は君の未来への祝福となるだろう。残り少ない人類に売り払っても良いし、私の肉体を研究して培養することも構わない。新人類を作り上げて、神の如く振舞うことも可能だろう」 全ては君の自由さ。彼は空を見上げ、青黒く染まった夕闇に微笑む。もうすぐ星が降ってくるだろう。 彼は立ち上がり、私に声を向ける。フェンス越し、私が彼を救えない事実を教え込ませるように。 「さようなら、大切な友よ。私の星見の傍らに、何時も君がいた」 大切な友なんて酷い嘘だ。彼は私を間に入れて、星と逢瀬を重ねていただけなのだから。 「星を流す為の贄こそが私で、君はその観測者だ」 彼はそんなことを口遊み、恋焦がれるように空へ手を伸ばす。気の狂れた中年男は父から譲り受けた望遠鏡一つを残して、屈辱ばかりだった中学校の屋上から飛び降りる。世界を終わらせる、夢を見る為に。 (ああ、やめて、死なないで。君が言葉を覚えるより前から、私は貴方を待っていた) (君が私を間に星へ恋焦がれたあの日から、私は貴方と共にあると決めたのに) (どうか、どうか、神様、彼を――――) 哀願を前に、今日、人でなしの貴方は飛び降りる。 希い涙も落ちぬ叫びをあげようとも、今日、人でなしの私の世界が終わるのだ。
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