渇望の夏

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一瞬躊躇したが、別に急いでいるわけでもないと思い直し 「はい」 と大胆にもOKしてしまった。 「ああ、良かった。綿貫と言います。よろしく」 「綿貫さん、岩崎沙羅です」 「沙羅さん、綺麗な名前だ。沙羅双樹の沙羅さんでいいのかな?」 「はい」 「岩崎さん」でもなく「詩織ママ」でもない。「沙羅さん」と言われドキッとする。 「沙羅双樹、別名夏椿ですね。白いかわいらしい花で沙羅さんに良くお似合いだ」 心臓が早鐘を打ち始めた。今まで、男の人に名前や花の事など言われたことが無く何を返せば良いのか、少女の様に顔を赤らめ俯いてしまった。 「あっちにカフェレストランがありました。行ってみましょう」 軽く手を取られカフェに連れて行かれる。 なんてパーソナルスペースの近い人なんだろう。 ドキドキが止まらない。 いい年をして何を舞い上がっているのか。でも異性と手を繋ぐなんて、それこそ何年振りかも思い出せない程前の出来事。10年?いや、もっと前の出来事だ。 主人に手を取られ歩くなどなかった。慣れない出来事に戸惑う。 カフェで窓際の席を案内され、向かい合わせで腰を下した。 窓の外は、雷雨が激しく降り、窓に雨粒が強く叩きつけ、荒れ狂う。 「沙羅さん、お一人で旅行ですか、それともご用事でこちらに来ているのですか?」 「気ままな一人旅なんです」 「俺も気ままな一人旅なんですよ。良かったら夕飯もご一緒にどうでしょうか。加賀料理のコースとか一人だと入れないでしょう。せっかく来たのだから美味しい物を食べてみませんか?」 言われてみればたしかに一人だと敷居の高い店もある。せっかく来たのだからご当地の料理も食べてみたい。 「はい、よろしくお願いします」 「ああ、良かった。これで美味しい治部煮が食べれる」 綿貫さんが、軽やかに笑う。私もつられて笑った。 さっき、会ったばかりの人なのに以前からの知り合いのように気が軽い。 外は、雷鳴が轟き強い雨が打ち付け荒れている。 真夏の夕立通り雨 この雨は、私にとって恵の雨となるのかもしれない。
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