渇望の夏

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 翌朝、駅前からバスに乗り金沢城公園に向かう。 加賀百万石前田家の居城、難攻不落の名城と言われた金沢城。天守閣はだいぶ前に消失してしまったそうだか、やぐら等が再建されている。 バスを降りると蝉の声が劈き、夏の暑さをより一層色濃くしていた。 それでも木陰に入ると爽やかな風が通り抜け、ホッと一息付くことが出来る。 桂坂口からメインゲートの石川門より中に入った。 夏の日差しに桝形門の壁の白が生え壮麗な佇まい。 だが、再建された建造物よりも、戦国武将たちも眺めたであろう石垣の美しさに目を奪われた。 詳しい加工法などは分からない。ただ、石の積み重ね、石の色の変化に見惚れる。 同じ城の石垣なのに積み方などがそれぞれ違う。場所を変えては眺め、場所を変えては眺めた。 石垣に付く苔の緑がなんと柔らかく鮮やかな色を放ち命の輝きを見せている。 物言わぬ石垣と緑のコントラストが、雄弁に語りかけてくる気がした。 不意に、カシャッカシャッとカメラのシャッターが聞こえ振り返る。 「こんにちは、お邪魔しちゃいましたか?」 と、一眼レフカメラを手に持った背の高い壮年の男性が爽やかに微笑んでいた。 「いえ、大丈夫です」 こんな所で一人ボーっとしている中年女なんて、傍からみたら危ないオバサンと思っただろう。何だか、居た堪れない気持ちになり男性に軽く会釈をしてその場を後にする。
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