no title

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no title

 奥歯の辺りがムズムズする。それに伴ってどうしようもない苛立ちと破壊衝動に襲われる。虫歯でも空腹でもない。 何か噛みたい。思いっきり噛み付きたい。 そうでもしなければこの衝動を抑えられそうにない。まるで犬みたいだと思った。狂いそうな衝動に頭が徐々に麻痺していくのを感じる。 試しに指を噛んでみた。人差し指の第二関節を。硬く、噛み心地は悪くない。痛みもあまり無い。だが手前側の歯でしか噛めず、モヤモヤが募る。 まだ足りない。 想像以上に強く噛んでいたのか、顎の開きが重い。光沢した指関節には小さく歯形が付いていた。 足りない。 何かを求めるように、次は親指の付け根を噛んでみる。指関節とは違い弾力があり、大きく噛むことができた。肉を食んでるような感覚。多少痛むが無意識にセーブしているのか、噛みちぎる程の力は入っていない。それでも落ち着くことができた。 波が引いていくのを感じる。しばらくして指を放すと歯形がくっきり付けられていた。その痕が、一線を超えないよう自分を繋ぎ止めてくれている理性のように思えた。自分の中にそれがある安心感と、その必死さの証であるジンジンとした痛みの残る菖蒲色の窪みが愛おしく思える。 だがそれと同時に、いつか噛みちぎって、砕いてやりたいとも思った。 奥歯のムズムズはたまに起こる。その度に付くこの痕を見て、自分はまだ正常でいられているという実感を得る。
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