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雨が続く、七月某日のこと。
人気の無い放課後の教室には私、佐藤芽依と秀才と名高い鈴野麗さんだけ。
雨がしとしとと降っている。
数分前までは色とりどりの傘で溢れていた校舎の外も、今では濡れて黒くなったアスファルトが静かに光るだけ。
雨が全ての音をかき消すかのように、教室にはパタパタと雨の音だけが響く。
時計に目をやると、電車の時間までまだ1時間もある。
私はちらりと隣の席の鈴野さんの顔を盗み見た。
先ほどから鈴野さんは分厚い本を読み耽っている。
肩に掛かる黒髪は耳の下で二つに結われている。今時、珍しい髪型だが、色白の肌にとてもよく合っている。
また、伏せられた瞳は上品な雰囲気を醸し出している。
鈴野さんがペラリとページを繰った。
実のところ、私と鈴野さんは決して親密な関係ではない。ただのクラスメート。
私は鈴野さんが有名だから、よく知っているが、彼女は私のことを知らないかもしれない。
だって、私は平均的で目立たないから。
人の記憶にも残らないの。
そして、私は凡人だからこそ、この沈黙に耐えられない。上部だけの会話でもいいから、場を持たせたい。
「鈴野さんは、歩きで来てるの?」
声を掛けてみると、鈴野さんは手元の本から顔を上げて、私と目を合わせた。
「いえ、電車です」
「そーなんだー! 私もだよ」
最寄り駅を聞いてみると、私とは真逆の路線に乗っているようだ。確か、その路線沿いには古民家が立ち並んでいる。
そして、集落の中で最も立派な家が鈴野さん家だという噂を聞いたことがある。
「鈴野さんは雨、好き? 私は嫌いだなー。傘をささないとダメだし、濡れるし……」
「佐藤さんは、そう考えるのね」
鈴野さんは微笑み、静かに言葉を続けた。女子にしては少し低めの声が耳に心地よい。
「私は好きよ、雨」
「そ、そうなんだね~」
鈴野さんの言葉や仕草から、自分を持っている人の余裕を感じた。
私なら、相手の意見と逆のことは怖くて言えない。
同調することでしか、自分を守れないから。
「きっと、雨は必要だから、この世に降り続けるの」
鈴野さんの憂いをはらんだ瞳。
黒くて丸くて……見たことないけど、宇宙みたい。
「綺麗な考え方だね」
鈴野さんは「ありがとう」と微笑み、開いたままの本をパタリと閉じて、机の隅に押しやった。
「佐藤さん、電車の時間は大丈夫? もし、よかったら私の話を聞いてもらえない?」
「いっ、いいよ? 何の話?」
「私の……悩みについて」
鈴野さんは不安げに私の目を見つめた。
誰もがうらやむ知能を持った鈴野さんに悩みなんてあるのだろうか。私は鈴野さんの悩みを理解してあげられるだろうか。
「鈴野さんの悩みを理解できるか分からないけど……」
「ええ、理解してもらおうなんて厚かましいお願いはしないわ。ただ、『山月記』の李徴のように、思いを吐露したいだけだから……」
鈴野さんは、そう前置きをすると、次のように語った。
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