13人が本棚に入れています
本棚に追加
26-6
喫いおわった煙草を灰皿で揉み消す。なぜか間をよくして、ワイシャツに蝶ネクタイの男が再びあらわれた。
男が「どうぞ――」と、権藤に声を掛けてきた。
権藤は通路の奥へおくへと案内されていた。目の前には、権藤に声を掛けた男とは、べつの男の背中が見えていた。最初にあらわれた、ワイシャツに蝶ネクタイの身なりの男は「どうぞ、ご案内です」と、権藤に声を掛けたところで、自分の職務をおえていた。かわりに同じ出で立ちの男が、権藤の案内役としてあらわれ、権藤を賓客のように扱い、貴族の従者さながらに胸を張って、通路を前に歩いていた。その通路の両脇には、ボーイ風の男たちが数人、立膝をついてしゃがみ、みな権藤にむかって、こうべを垂れていた。
案内役の男が足をとめた。なにやら未知の世界への、とば口のような場所だった。ベルベットのカーテンで、間仕切りされている、べつの通路の前のようだ。
案内役の男が、そこの厚手のカーテンの襞を寄せた。
床に三つ指をついて、平伏している女がいた。裸がほとんど透けて見えている、ネグリジェを着衣している。
女が顔を上げた。
「……いらっしゃい……ませ……」
そこにいたのは”黒木樹”だった。
権藤は身をこわばらせた。
「ど、どうして? あなたが、こんなところにいるんです?」
「……」
黒木樹は返事をしなかった。スケスケで、ヒラヒラで、丈が短いネグリジェの格好で立ちあがると、黙って権藤の腕に腕をからめて寄り添い、そして権藤を誘って、ちいさな篝火のような照明のなか、うす暗い階段をのぼりはじめた。背後で案内役の男の、丁重な声がきこえた。
「いってらっしゃいませーー」
最初のコメントを投稿しよう!