26-6

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 喫いおわった煙草を灰皿で揉み消す。なぜか間をよくして、ワイシャツに蝶ネクタイの男が再びあらわれた。  男が「どうぞ――」と、権藤に声を掛けてきた。  権藤は通路の奥へおくへと案内されていた。目の前には、権藤に声を掛けた男とは、べつの男の背中が見えていた。最初にあらわれた、ワイシャツに蝶ネクタイの身なりの男は「どうぞ、ご案内です」と、権藤に声を掛けたところで、自分の職務をおえていた。かわりに同じ出で立ちの男が、権藤の案内役としてあらわれ、権藤を賓客のように扱い、貴族の従者さながらに胸を張って、通路を前に歩いていた。その通路の両脇には、ボーイ風の男たちが数人、立膝をついてしゃがみ、みな権藤にむかって、こうべを垂れていた。  案内役の男が足をとめた。なにやら未知の世界への、とば口のような場所だった。ベルベットのカーテンで、間仕切りされている、べつの通路の前のようだ。  案内役の男が、そこの厚手のカーテンの(ひだ)を寄せた。   床に三つ指をついて、平伏している女がいた。裸がほとんど透けて見えている、ネグリジェを着衣している。  女が顔を上げた。 「……いらっしゃい……ませ……」  そこにいたのは”黒木樹”だった。  権藤は身をこわばらせた。 「ど、どうして? あなたが、こんなところにいるんです?」 「……」  黒木樹は返事をしなかった。スケスケで、ヒラヒラで、丈が短いネグリジェの格好で立ちあがると、黙って権藤の腕に腕をからめて寄り添い、そして権藤を誘って、ちいさな篝火のような照明のなか、うす暗い階段をのぼりはじめた。背後で案内役の男の、丁重な声がきこえた。 「いってらっしゃいませーー」
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