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26-4
そうだ。おれはヤクザだった。――背中に背負った昇竜の紋もん。組長と交わした親子盃。みかじめ料を拒む小店舗の店主らに凄んだあのときのことを思いだした。権藤はほんらいの自分をとりもどしたかのように顔が凄みを出した。
「おれは血も涙もねえ、極道だったはずじゃねえか。なんてことはねえ、黒木樹をソープに売っちまったらいいんじゃねえか。黒木樹だぞ! ソープには高く売れるだろう。懐がほくほくになるじゃねえか! なんだったら、黒木樹を犯したあとソープの湯に沈めちまったらいいんじゃねえか! それで、おれの欲望も、金の問題も、すべて解決するじゃねえか!」
「そうですよ! アニキィ!」三下は喜んだ。「やっと、アニキらしくなってきましたね! ね! ね! ね! ――!」
と、三下の発した言葉の語尾が残響して、暗くて深い井戸の底に落ちていくように遠ざかっていった。
――おれ? ――らしく? このとき、権藤は自らの精神世界のなかに入っていた。黒いところと白いところが同じところにあるところ。かれのこころの中枢にかれは、いま、立っていた。
だれかに背後から、肩をギュッ! と掴まれた気がした。権藤のそばにもうひとりの自分があらわれて、『それで、いいのか?』と言った。
もうひとりの自分は真剣な顔だった。そのとき、権藤の脳裏に黒木樹の愛しい顔がよぎった。
――フラッシュバック。
黒木樹の困ったような顔。恥じらうような顔。それは、とても愛おしい顔。彼女のデビュー作のDVDのパッケージにそれをみとめる。テレビ画面の中にも。エロ本の中にも。その黒木樹の表情をみとめる。――だが、その表情に違和感を感じる。ほんとうに困った顔で。ほんとに恥ずかしがっている顔で。その愛らしい顔には、非難がこもっているような眼差しがある。後ろめたさを感じずにはいられない自分の気持ち。――それは暗示的であった。
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