26-7

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 権藤は黒木樹と身を寄せあいながら、毛足の長いカーペットを踏みしめて、ゆっくりと階段をのぼってゆく。 「これはAVの撮影か、なにかですか?」権藤はお道化たように言葉を発す。 「……」  黒木樹は返答しない。権藤は気まずさを覚え軽口を閉じる。彼女は、ただ黙って、体の半身を権藤に密着させながら、遠くからクラシックの音楽がきこえる浮世離れした通路を静しずと随伴する。番号を識した同じような扉の前を通過する。中の音はきこえてこない。通路の天井の埋め込み型のスピーカーから流れているクラシック音楽にかき消されているようだ。――ヨハン・パッフェルベルのカノン弦楽四重奏。     ――だが、気配は感じる。各扉にある小窓にカーテンが引かれ、中の様子を隠していることで、いまこの部屋が使用中であることもわかる。その部屋の中で客と嬢が、どういうことをしている最中なのかと想像する。客がソファーに腰を沈めて、その前でひざまずいて奉仕する嬢の姿が浮かぶ。湯船に浸かって客と嬢が体を寄せあい、歓談している様子が浮かぶ。客がベッドの上で嬢に覆いかぶさって、組んずほぐれつにしている情景が浮かぶ――。  扉が開いた。彼女にさきに入室をうながされ、権藤はそれにしたがう。室内は間接照明で仄明るく、調度品が浮かびあがるように見えている。赤い色の照明も混じっているが、全体としては落ち着いた雰囲気だ。内部には長ソファーとテーブル。床とほぼ同じ高さで設えてある座敷のようなところは(しとね)で、広びろとして白いシーツが張ってあり、気になる場所だった。奥には置き型の浴槽が鎮座している。湯はまだ溜められてはいない。畳まれたタオルの多さに違和感を感じる。も、ここはそういう場所なのだから、と得心する。洗い場のタイルの床の上にへんな形の椅子がひとつ。金色(こんじき)に輝き、ものすごく存在感を主張している。ふと、権藤は自分が手になにかを持っていることに気がついた。――札束だった。――帯のついた札束が三つ。
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