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26-11
場景がかわる。権藤の眼前に憧れていた黒木樹の四つん這いの姿があった。彼女のわき腹に手を添えて、彼女のおしりの割れ目と、彼女の背中、盛りあがった肩甲骨、艶やかな髪を俯瞰する。ベッドの上座が鏡になっていて、彼女の顔の正面がある。そこには、黒木樹の困り顔、恥じらうような顔、権藤が愛した黒木樹の面貌が映りこんでいた。権藤は執拗に前後運動を繰りかえす。なぜ? なぜ? やめて! やめて! と黒木樹はこんな恥ずかしい格好でおこなわれている行為を拒んでいるような顔だった。夢にまで、――いや、なんどもDVDを再生する画面の中で観た。黒木樹の困ったような、恥ずかしがる顔。――だが、なにかがちがった。権藤は鏡の中の彼女の顔を凝視した。
黒木樹は親指の爪を噛むのではなく、上歯と下歯を剝きだして噛んでいた。鏡越しの彼女の刺すような視線には非難がありありとこもっている。黒木樹はほんとうに拒んでいるのだった。彼女の困っているような顔は、本心で彼女がこの状況に必死で抗っている顔だった。
権藤はいたたまれなくなり体を離そうとした。――が、権藤の下腹部は彼女のおしりから離れなかった。権藤の陰部は黒木樹を蹂躙することをやめてはくれない。
「やめてくれ」権藤は言う。だが、権藤のいちもつはとりあわない。「やめてくれ!」
バスタオルを腰に巻いた連中が、権藤と黒木樹のそばに集まってきた。ニヤケた面で、口から涎を垂らし、唾を飛ばして冷やかしてきた。
「黒木樹だぞ、もっと、しっかり腰を振れよぉ!」
「彼女をもっと、もっと、困らせてみせろよぉ!」
「彼女の恥じらい顔をもっと観たいだろぉよぉ!」
権藤は上座の鏡から顔を背けた。十本もの腕が伸びてきて、権藤の体を拘束した。そのうちの二本が権藤の頭部とあごを掴み、無理やりに正面の鏡と対面させた。
黒木樹の顔が見えた。――彼女の顔はぽっかり空いた虚ろのようで、真っ暗な穴のようだった。
黒木樹の身体は、もはや、ただの真っ黒な影だった。その魅力的な彼女のすべてが暗黒となっていた。その暗闇のなかから札束がパラパラと舞いだしてくる。周囲からはエロオヤジどもの卑猥な笑い声、下衆な猥語、語彙の乏しい揶揄する言葉。はやくしろよ、次はおれの番だと、鼻息を荒げ、先走りし、黒光した棒を自分で擦りあげている。そんな光景を盛りあげるかのように、プレイルーム内では、舞った札が舞台の紙吹雪のように降り注ぎ、積もっていた。
三下が言った。「アニキィ、よかったですねえ。これで望みが果たせましたね」
まわりをとり囲む男らのなかのひとりから、権藤は、また肩をバンッ! と叩かれ、振りむいた。振りむきざまに首根っこを掴まれた。
『これでいいのか?』もうひとりの自分は言った。『ほんとうに、これがおまえの望みなのか? おまえの”黒木樹への想い”は、いったい、どこにいったんだ』
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