13人が本棚に入れています
本棚に追加
20-2
扉をノックする音がして、権藤の舎弟・三下が入室してきた。蓋から海老天の尻尾が覗いているどんぶり鉢とみそ汁の椀が載った仕出しの盆を持っている。
「オヤジは……」権藤が三下に訊いた。
「アニキ、オヤジ(組長)は、まだゴルフから帰ってきてませんよ」三下は心配そうな顔で権藤に耳打ちして、出前の定食をテーブルに並べだした。「でも、ちょっと急いだほうがいいかもしれないですよ。もうすぐ昼の1時ですからね。オヤジが寄り道をせずに組に帰ってくるのなら、もうそろそろかもしれませんよ」
権藤は縦縞のスーツの袖を引き、腕時計をあらわにした。――昼の12時40分をすこしまわっている。――いま、41分になった。
権藤の顔が歪んだ。
「おまえ。ちょっと、オヤジに連絡をとってくれねえか?」権藤は割り箸をつまんで、半分に割った。「それとなく、何時ごろ組に帰ってくるのか、きいてくれねえか?」
三下は口をとがらせた。わかりました、と権藤にむかって頭を下げると、横目で監督を見た。
「なにを、こんな野郎に手こずってるんですかい?」三下は言った。「とっとと身ぐるみ剥いで、おっぽり出してやったらいいじゃないですかい」
「うるせい! おまえはとっとと出ていけ!」
と、権藤は三下に言い放ったが、みそ汁の椀を持って、なかなか外れない蓋と格闘しているところだった。
三下は訝しげな目で自分のアニキを見つめた。三下はそっと手を伸ばし、権藤の手からみそ汁の椀をとると、椀の縁を軽く掴んで蓋をパカッと開いてみせた。そして、唖然としている権藤に頭を下げると「てこずらせるんじゃねえぞ!」と監督にむかって言ったふうだったが、自分のアニキを一瞥して応接室を出ていった。権藤はばつのわるそうな顔をすると、――みそ汁を啜った。
最初のコメントを投稿しよう!