19-1

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 真っ暗闇のトンネルや、光のつぶてが輝く虹の回廊、記憶の走馬灯を逆巻きにしてもどってきたのではなく、見えているのはうす汚れた床だった。  細筒(ほそづつ)監督は顔を上げた。外の光が梨地ガラスの窓でぼやけて射しこみ、室内はよどんだように見えている。そんな室内には、だれが買物にくるのか、商売としてなりたっているのかが心配になるよろず屋のように物が雑然と置かれ、在庫切れを過剰なまでに恐れた仕入れ担当者が暴走した結果、足の踏み場もなくしてしまったドラッグストアーの倉庫のように段ボール箱が積まれ、その隙間を、ホコリが陽だまりのなかを浮遊する小虫のように漂っている。  いつもの景色や。ここは、わしが仕事と生活をしとる場所や。物が散らかっている――わしは掃除なんかせんからなあ――古いスチール机。そこには、映像編集用機材に撮影用のハンディーカメラとモニターが置いてある。監督は昨夜酒場で酔いつぶれて、そのまま放置された泥酔者よろしく、リノリウムの床にへたばったまま郷愁に浸った。……なんや、長い休暇の旅から、懐かしのわが家にもどってきたような気分やなぁ。 「うっ? くっさぁ?」  ()えたにおいが鼻孔をついた。監督は鼻の穴をひくつかせた。においのもとを探って視線が室内を一周すると、床の上の吐しゃ物の池にたどり着いた。  監督はおもわず鼻をつまんだ。そこには、溶けたものや、消化されずに原形をとどめたままの錠剤の粒つぶが散らばっていた。  監督は傾いた眼鏡を掛けなおすと、きょろきょろとあたりを見まわした。
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