ホームにて

5/8
前へ
/8ページ
次へ
「おじさん、もしかして忘れちゃった?」 ——その電車はもう、行っちゃったでしょ? ショートカットの女子高生は、 今度は少し心配そうに、わたしの顔を覗いて言った。 「まさか。そんなはずはない……」 現にわたしはこの場所で、 ずっと電車を待っていたんだ。 途中、トイレに行ったわけでも、 居眠りしていたわけでもない。 見逃しているはずがなかった。 ……腕時計にちらりと目を落とす。 やはり忌々しいことに、 22時、47分。 (ダメだ、時計は壊れてるんだ……) 「駅員に、聞いてくる……」 いても立ってもいられなくなり、 動こうとしたわたしの腕を、 少女ははっしと掴まえて。 「ダメだよ、おじさん。ここにいなくちゃ」 駄々っ子のように引き()めてきた。 こうなってくると尚更に、 この子を含めた世界のすべてが わたしを騙しにきているような、 不快な猜疑心が強まった。 「さっきからなにを言っているんだ、大人をからかってはいけないよ?」 やや語気を荒くすることで、 きっとわたしは自分の心を保とうとしていたのだろう。 ——わたしは帰らなきゃいけないんだ。 あと5分で来る電車に乗って、 妻のいる我が()に帰り着いて。 ゆっくり休み、明日もまた、 いつもの通り、働きに行く。 それが「正しい在り方」で、 それがわたしの「人生」だから。 こんな所でまごまごと、 足留めされていてはいけない……。 ——わたしはきみなんて知らないんだ!
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加