ホームにて

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少女はなにも反論せずに、 タータンチェックのスカートの裾を皺になるほど握りしめ。 しくしくと、泣き出した。 「そうだよね……おじさんには……『帰れる場所』があったんだよね……」 その表情にも言葉にも、 誰かを騙そうという邪念は微塵も感じられなかった。 苛立っていた気分を削がれ、 わたしはむしろ気の毒になった。 「……きみにはそれが、ないのかい?」 「うん。だから喜んでたの。やっと色んな嫌なものから、解放されるって思って……」 嫌な家族。 嫌な学校。 嫌な人生。 なにもかも……。 ぜんぶ()らない。 「だから、思い切って……」 彼女が涙をこぼす度、 なにかのカウントダウンのように、 ホームの向こうの端からひとつ、 またひとつと明かりが消えていく。 ——終わりの時が近づいていた。 「ごめんね、おじさん。巻き込んじゃって」 「『巻き込んだ』って、きみはなにも……」 そう言いかけて、頭の隅に、 なにかが警鐘を鳴らすような、 奇妙な忌避感がよぎった。 (いや、待てよ……) 知っている。 わたしは忘れてなどいない。 は、現実だった。 現にわたしは少し前から、 「ある信じ難い事実」に対し、 ずっと目を背け続けている……。 自力で答えを出すより早く、 自然と見上げた少女の頭上。 到着時刻を表示していた電光掲示板の文字が、右から左へゆっくり流れ、 新たな通知に移り変わった。
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