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水面に踊る
湖畔に座り、小さく揺れる水面の光の反射を見つめる姿がある。
魚たちの泳ぎによって作られる表面の揺れは、とても小さなものだ。
陸上の人の手で起こす揺れには、到底及ばない。
だが、その小さな魚たちの泳ぎには、人間は敵わない。
誰しも優れたものを持つものだ。たとえ、似たような能力を持つもの同士で、さらに優劣がつけられてしまうとしても。
「またここにいたのか。」
湖畔を見つめる、美しい黒髪のかかる背中に、穏やかな声が届く。
「悠馬さん」
かけられた声の方向へ、ゆっくりと振り向く。
女性のたったそれだけの所作に、匂い立つ美しさがある。
彼女の視線の先には、髪を短く切りそろえ、精悍な顔つきをした青年が立っていた。
「今日は体調良くないんじゃなかったか、千咲。」
優しく目を細めて、男は聞く。
その目から逃げるように、千咲と呼ばれた少女はついと視線を逸らす。
「良くない、と言ったらどうするの?」
「そりゃあ、今すぐに抱え上げてベッドに連れて行くさ。」
「…悪くないね」
そうきたか、と悠馬は笑う。千咲の横に片膝をつき、手を差し出す。
「それならば、手を引いて差し上げよう、お嬢様。」
差し出された手を一瞥すると、手を取ることなく立ち上がる。
悠馬は苦笑して肩をすくめると、歩き出した千咲の三歩後ろを着いていく。
「何を見ていたんだ?」
「湖面に反射した光と、その下にいる小魚に想いを馳せていた。」
問いかけに、ただ簡潔に答える。
湖から離れ、林の中の道を歩いていく。湖畔で聞こえていた鳥のさえずりは、セミの鳴き声にかき消される。
「その心は?」
「才能の優劣について」
「泳ぎの才能か?」
「もっと広義」
「難しいことを考えるもんだ」
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