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短い問答を繰り返していると、林を抜け、白樺の風合いを感じる塗装の施された、瀟洒な洋館とその玄関が姿を現す。
洋館を正面から見て右側には広い駐車場があり、その向かいには一般道に続く砂利道が伸びている。
奥多摩の山々の、さらに奥まったところにその洋館はあった。
また、駐車場と反対側の洋館側面には見事な菜園が広がっており、菜園の中で壮年といった具合の男性が手入れを行っていた。
その男性が、二人に気が付くと立ち上がって軍手をしたまま手を振る。
「おかえり、千咲、悠馬」
優しい笑みを浮かべ、男は二人を出迎える。
「千咲、今日はどこに言っていたんだい。」
「今日も湖にいました」
「そうか。暑くなってくる季節だから、湖の側は涼しいだろう」
私も行くかな、と腕を軽く組み、顎に軽く触れる。軍手をしたままのため、顎に土汚れが付くが、気にする様子はない。
「お父さんは、今日は何をしていたの?」
「ん? 私は見ての通り、畑仕事をしていたよ」
言葉とともに差し出された腕には、雑草の入った桶と、さびが付き始めたスコップがあった。
「夏と言えばトマトがおいしい季節だ。今年は適度な雨しか降っていないから、いいものができるだろう」
千咲の父であり、洋館の主である伊三六は歯を見せて笑った。
「ところで、悠馬。お前宛に荷物が届いていたぞ。千咲を連れて家に上がるついでに、見てくるといい」
そう言って背を向けてしゃがむと、伊三六はまた草取りを始めた。
「ありがとうございます。確認してまいります」
悠馬が背中にそう声をかけると、伊三六はそのまま手を挙げて、返事に代えた。
「では千咲さん、お部屋へ参りましょう」
先ほどとは打って変わった態度の悠馬に対し、小さく鼻を鳴らすと、千咲は悠馬を無視して先導するように歩き出した。
「どうしてお父さんの前では、あんなに丁寧になっちゃうんでしょうかね?」
二階の千咲の部屋の前に着くと、千咲は拗ねた口調になり、悠馬に文句を言う。
「当たり前だろう。伊三六様は俺の恩人で、ご主人様でもあり、上司でもあるんだ」
部屋の扉を開けて、悠馬は入るように促す。
千咲が部屋に入るのを見届けると、悠馬は微笑んでゆっくりと扉を閉める。
閉じられた扉を少し見つめた後、白や黒といった、落ち着いた配色の部屋を見回す。
そのまま窓へと歩み寄ると、部屋にこもった空気の逃げ道を作るため、窓を開け放つ。そこから父親である伊三六の様子を伺う。
黙々と、けれど作業を楽しんでいる様子が伝わる伊三六の姿を見て、千咲の心に暖かく優しい風がそよぐ。
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