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タブレットのカレンダーを開いた清香に促されるように、千咲は次の予定をすり合わせた。製作期間も含め、また2週間後に会うことを決めた。
それまでに完成はせずともある程度の形にしたいと思いながら、千咲は清香を玄関まで見送るために、一緒に1階まで降りることにした。
他愛ない話をしながら階段を降りると、悠馬が応接セットに座って書き物をしていた。二人の足音に気付いた悠馬が、顔を上げて階段の方に目を向ける。
「あ、岩屋さん」
「お帰りでしたか」
ペンを机に置き、悠馬は立ち上がって二人を迎える。千咲が持っていた盆を自然な動作で引き受けると、そのまま机の空きスペースに置く。
応接兼展示スペースは直接日が入らない場所で、ダイニングの空調が程よく流れてくるため、体をあまり冷やさずに過ごすにはいい場所だ。
「ええ、お茶も用意してくれてありがとう。おいしかったです」
「またいらしたときには、麦茶に合うお茶菓子を準備してお待ちしております」
「あなたの選んだものならはずれはないでしょうし、楽しみ!」
血の気の引いた先ほどの表情からは想像できないほど、今の悠馬の笑顔には朗らかさがある。直接悠馬の顔を見られていない千咲とは対照的に、清香は視線をたっぷりと悠馬に残してから玄関に向かう。
意味ありげな目から打って変わって、清香も夏の日差しに負けない明るさを持った表情で振り返り、千咲と悠馬に別れを告げて車に乗り込む。発進させる直前に手を振り、そのまま一般道に向かい車を走らせた。
清香の車の音が遠ざかったあと、千咲と悠馬の間にヒグラシの鳴き声が流れる。ツクツクボウシとは違い、郷愁をにじませる声が夕方を告げていた。
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