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「そろそろ聞いてもいい? 何言おうとしたの?」
何も言わずに屋敷に戻ろうとする悠馬に、千咲は声をかけた。
「やっぱり、今はまだ早い気がする」
玄関の扉を開けた悠馬は、少しだけ振り返って千咲を見るが、目が合うとすぐに逸らしてしまう。横顔だとなおのこと強調される、悠馬の彫が深く凛々しい顔立ちに影が差す。千咲からは鼻より下はよく見えないが、明るい表情でないことだけは確かだった。
「なにそれ。でも言いたくないならいいよ」
「……意外だな」
「なにが?」
「もっと食い下がるかと思った」
「まあ気になるけど、無理やり聞くのは私の心のまま、じゃないし」
千咲は悠馬が開けたままの扉を先にくぐる。その言葉に悠馬は不思議そうな顔をのぞかせるが、すぐに真剣なものに変わる。
「悪い。でも絶対にちゃんと言うから。待っててくれないか」
「うん、諦めないで待ってる」
慈しみと期待で織られた薄いベールのような微笑みを、千咲は振り返って悠馬に向ける。ベールの向こうに透けて見える小さな小さな寂しさが、微笑みをより魅力的に見せると同時に、悠馬の胸を締め付けた。
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