殻と檻

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 その日の夜、照度を落とした千咲の部屋で、スマートフォンの着信音が鳴る。夕食や入浴を済ませて後は寝るばかりだったが、千咲が訝しげに画面を見ると、宮地からの着信であることを告げていた。 「遅くにごめんね~。まだ寝てなかった?」 「大丈夫。でもこんな時間に珍しいね」  夜はしっかりと睡眠をとると公言している宮地から、一般的な「夜」という時間帯に電話がかかってきたことは今までなかった。 「そうそう、急な話で悪いんだけど、私の友達代表で一緒にテレビに出てくれない?」 「え? どうしたの?」 「今度ね、お昼の番組で私の特集を組んでくれることになったの」 「すごいね! でも私が出るって、なんのために?」  素直に賛辞を送るが、宮地の声は明るいとは言い切れないものがあった。電話越しで聞いているからだと思い、千咲は返ってくる言葉を待った。 「気鋭の作家友達ってことで、出てほしいの」 「き、気鋭……?」 「ほら、この間の私塾でSNSがあればって話したけど、やっぱりSNSは若い人が中心でしょ? もちろん上の世代の人たちもやってるのは分かってるんだけど」  はっきりとした物言いが多い宮地にしては、歯切れの悪い言葉が続いていく。口を挟もうか迷ったものの、一旦最後まで話を聞くことにした。 「私たちの仕事って、どうしたって見てくれる人がたくさんいないといけないじゃない? その点で言えばテレビの影響力って、まだまだ大きい。千咲さんの作品をもっといろんな人に知ってもらいたい。だから、私がそのきっかけになれたら、すごく嬉しいの」 「そう言ってもらえて嬉しいけど、私より遠藤さんの方がいいんじゃないの?」  もっともな言い分だと思って発した言葉に対し、宮地からは自嘲するように短く吐き出した息の音が返ってきた。
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