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「ダメ、ですかね」
「むしろ逆で、良いと思います。あの作品はきっと多くの人の目に留まる。ただ、まだ型ができていないですし、社長に完成を早めてもらう必要があるでしょうけど……。まあ、そこは私の仕事です! 千咲さんは自分がやりたいことを、私に言ってくれればいいんです」
頼りがいのある声に、千咲は安堵した。この短い間に、いつのまにか清香は千咲の支えになっていたことに気付く。一方的なわだかまりがあるものの、それを残してなお、頼りたいと思える相手になったのだ。
「とりあえず、宮地さんには出演する方向でお話しておいてください」
それと、と付け加えると、口ごもった様子で次の言葉が出てこない。
「あの、宮地さんに絶対次の商品も買いますって、伝えてもらえませんか?」
控えめなお願いに千咲は破顔する。相手に顔は見えていないが、声にはどうしても笑いがにじんでしまう。
「サインももらっておきましょうか?」
「えっ、いいんですか!? いやでもやっぱり職権濫用なので止めておきます」
律儀な清香との会話を終え、スマートフォンをベッドに放る。そのまま机に向かい、構図の線をはっきりと引き直していく。
千咲は自分の心を映すように、作品に想いを込めていく。この作品に込めるものは何になるだろうかと考えると、自然と悠馬の顔が浮かんだ。たくさん考えてきた、とはどういうことだったのか。
悪くはない感情を持ってもらえていることは、これまで生活してきたなかで分かっている。その先を考えていいのだろうかと、期待をしてしまう。
描き終えた構図を持ち上げて眺める。会心の出来だ。そう思った。
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