心は墓石の下へ

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 泣きつかれた悠馬が眠る間に、神園家の大黒柱たる伊三六が帰ってきた。ベッドを借りて悠馬を寝かせた後、三人はリビングに場所を移し、和臣は改めて二人の身の上を包み隠さず伝えた。 見知らぬ男が幼子を連れて家に上がり込んでいるのを見ても、大してとがめることなく受け入れた伊三六から、同情を得たいという気持ちもあったのかもしれない。  鷹揚に頷き、伊三六は口を開く。 「私の秘書にならないか」 「秘書、ですか?」 「事業を広げているところだが、なかなか手が回り切らなくてね。優秀な人手がほしいんだよ。住み込みで公私問わずに私を支え、働いてくれるような人材がね」  あっけにとられ、言葉のない和臣の様子を気にも留めずに立ち上がり、一旦姿を消すと、すぐに書類を持って戻ってきた。そのまま書類を和臣の前に滑らせ、ペンを差し出す。よく読まずとも、それがなんであるかは分かった。真っ白な紙面の上部に、雇用契約書と書かれていたからだ。 「まだ内容は詳しく決めていないが、君の不利になるようなことは書かないと誓おう」 「でも、こんな簡単に信用していいんですか? 住み込みってことは、ここに私たち親子を住まわせるということですよね?」 「なるほど君の懸念ももっともだ。だが、ならば君の正体は、小さい我が子を利用して同情を買う詐欺師だというのかな?」  目を細め、口元を歪ませて伊三六は和臣を見る。「悪い顔をしていますよ」と、横から茜に指摘されても、その表情を崩さない。
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